尾張のおじさんblog

こんにちは 地元名古屋を中心に身近な神社・仏閣、地元の歴史や街並みを紹介していきます

長野県諏訪市中洲宮山
諏訪大社本宮
前宮から車で県道16号線(岡谷茅野線)を西に5分程走ります
やがて諏訪大社本宮の大鳥居をくぐり本宮駐車場に到着です

訪れたのが日曜なので満車を予想していましたが、午後を随分過ぎていたこともあるのかな
無料駐車場に駐車することができました
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本宮駐車場前の参道から右手の眺め
車でくぐってきた大鳥居がはるか先に見えます
鳥居の脇には若宮八幡社がありますが、あとから参拝することにして本宮へ
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 はるか八ヶ岳から切り出された本宮の御柱、前後にV字型の梃子棒「メドテコ」が付けられ里曳きされここまでやってきます
石橋もあり、二ノ鳥居もある、この間口をメドテコが付けられたまま境内に曳き入れられます
すべては人の手で行われます
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御手洗川に架かる石橋から見た手水舎、手水鉢
けっして広いとは思えないこの間を曳いていくのか
一人ではなにもできないけれど、同じ目的を持つ集団になることでとてつもない事が可能になる
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石橋の左に境内案内図
左奥の赤い山門は法華寺、蠶玉神社
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 石橋から境内方向
正面に「入口御門」、左に「絵馬殿」、右に「本二の御柱」
この御門は1829年(文政12)宮大工棟梁の五左衛門親貞とその弟子藤森廣八により建てられたもの
各所に施された彫り細工は見事なものです
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入口御門手前左に「出早社」
祭神 / 出早雄命
諏訪大神の御子神、地元の人々にお諏訪様の門番神として、古くからイボ石神として崇められているそうです
小石を捧げイボの全快祈ると治癒するらしい
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右手奥の建物は神馬舎
古くより諏訪大神の神馬の屋形、明治以降は背に御幣を立てた銅製の神馬と木製の神馬が安置されています
左の朽ち果てた大欅の株
「明治27年の台風で倒れ、神馬舎を押し倒したそうです、その被害を受けながら神馬は倒壊した建屋の先に飛んで(飛ばされた?)も全く被害を受けなかった」と書かれています
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神馬舎に掲げられた色褪せた奉納額
文化元年(1804年)甲四月と書かれているように見えます
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神馬
白と黒の顔つきのいい神馬
穂高神社里宮の神馬のモデルは木曽馬だったけれど、こちらのモデルはなんでしょう
いずれにしても神馬舎倒壊の瞬間、彼らは飛んだ
それが偶然にしても彼らは間違いなく何か持っている
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神馬舎から御門周辺の全景
「本宮二之御柱」は御門の隣り合わせで建てられています
よくぞ、このギリギリに建てられるものです
御柱祭り、一度はこの目で見なければ
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御門の先は布橋が続き、その脇に絵馬殿、摂末社遥拝所、宝殿、四脚門へと続きます
雨の参拝時には有難いものです
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絵馬殿内の絵馬の数々
どれも色褪せ年代も読み取れないけれど、絵馬殿右(写真下段右)に安置された砲弾に視線が止まる
再び弾を使う時代があってはならない
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摂末社遥拝所
1828年(文政28)建築されたもので、昔は十三所遥拝所とも呼ばれ、上の十三所、中の十三所、下の十三所の三十九所の摂末社を遥拝する場所
諏訪大社の摂末社は実に100を超えると云われます
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摂社 大国主社
祭神 / 大国主命
諏訪大神の御父神大国主命を祀る、諏訪大神は大国主命の第二子とされる
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布橋から勅使殿、五間廊を過ぎると右下に神楽殿が見えきます
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御宝殿
四脚門を挟み東宝殿、西宝殿があり、12年毎に旧殿を作り替え、6年の時をかけ清めらた後に遷座する
なので、常に新旧の二殿があります
御神輿、御神宝が必ず新しい宝殿にあるものではないようです
2018年(平成28)諏訪大社上社宝殿遷座祭が行われ、現在は東宝殿に祀られています
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四脚門
1582年(天正10)兵変により焼失、1608年(慶長13)に徳川家康が当時の佐渡金山奉行の大久保長安に建立させたもの
四脚の門の扉は閉まっていますが、ここから正面の脇拝殿の屋根の先を眺めると山肌に硯石を見ることができます
凹面の石は常に水を湛えていることから硯石と付けられたといいます
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布橋出口から布橋と西宝殿
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 南側の透塀の奥が拝殿
北側には北参道の鳥居と一之御柱があります
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境内手水鉢
清水と途切れることはなく注がれ、鉢は緑も鮮やかな苔に覆われています
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境内に入った正面が宝物殿
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 右手が参集殿と授与所
御朱印はこちらです、かみさんの姿はとっくに見えない
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宝物殿の左「本宮四之御柱遥拝所」
山肌に皮の剥かれた白い御柱が見えます
あそこまで上げ、更に立てる・・・・・すごいエネルギー
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勅願殿
1690年(元禄3)に建造され、諏訪大神が宿る南の守屋山(標高1,650㍍)に向かい建てられています
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境内の堀重門から北側参道の眺め
大鳥居の先に真っすぐに参道が伸びています
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参拝所
広い斎庭の先に幣拝殿と左右の片拝殿
参拝者は途切れることがありません
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斎庭右の神饌所、左から脇拝殿に続きます
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4本の根のある諏訪梶の葉の神紋、正面に鏡が輝いています
参拝です
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幣拝殿の後方に幣殿が見えます
片拝殿と幣拝殿のこの配置は諏訪造と呼ばれるもの
祭神は建御名方神

参拝を済ませ北参道に向かいます
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祈祷殿
石段を下りた左側にあり、車等のお祓いはここで行うようです32
祈祷殿の西隣にある高島神社
祭神 / 諏訪頼忠、諏訪頼水、諏訪忠恒
諏訪大神の子孫、諏訪氏を祀る
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浪除鳥居
紀元二千六百年祭の際に建て替えられたものを、2009年解体修理を行い再建した木造4脚の明神鳥居
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 北参道大鳥居
2003年(平成15)に建てられた鳥居
今では石橋のある東鳥居に対し、駐車場や参道脇の土産物屋など表参道的な趣がある
まっすぐ境内を進めば幣拝殿に直ぐアクセスできる
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北鳥居脇の手水舎手水鉢、その右に明神湯
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 明神湯(上段)
これは龍ではなく獅子でしょうか
諏訪明神所縁の温泉が湧き出ていて、諏訪温泉の源泉ともいわれる
湯に触れた手はなんとなく潤いを感じる

雷電 爲右エ門像(下段)
明神湯の隣にあり、幕末の信州小県郡大石村出身で大相撲の歴史上最強と云われた力士雷電のブロンズ像
左に雷電の手形があり、その大きさを知ることができます
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北鳥居の狛犬
胸を張って佇む姿はなかなか凛々しい姿をしています
手水舎の先に立つのが「一之御柱」
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 神楽殿
北鳥居から左に進み雷電像の右隣にあり
1827年(文政10)に建てられたと云われています
中央には大きな太鼓がある
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以前の太鼓は牛の一枚皮では日本一の大きさと云われていたそうです
神楽殿棟上げの際に太鼓の皮を張り替えた記録があるようで、胴はそれ以前に作られたようです
現在置かれている太鼓は平成22年に奉納された新しいもので、直径は2.1㍍と神楽殿の天井に迫るものです
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神楽殿の左に冠木門
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 冠木門参道脇の土俵
その先に勅使殿、五間廊
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 神楽殿の向かいに「天流水舎」
本宮七不思議のひとつに数えられるそうで、「どんな晴天でも屋根の上から雫が三滴は降り落ちる」と云われ、その水を持ち帰り雨乞いをすると必ず雨が降ると云われる
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天竜水社の左、布橋に続く石段の両脇の狛犬
とても小さなものですが、その姿は立派なものです
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布橋に沿うように建つ勅使殿(左)、五間廊(右)
五間廊
1773年(安永2)に建てられたもので、廊下様式の切り妻造り
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五間廊とその先の勅使殿
切り妻の唐破風造りで1690年(元禄3)に創建され、安政年間に大修理を受け
元旦の蛙狩神事や御領受神事など行われた場所、蛙狩神事については色々な意見があるようです
先祖が面々と受け継いできた習わしの多くが消えることだけは確かです
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五間廊の左を進むと神馬舎側面に至ります
横から見る神馬舎は屋根の棟に対し、棟の半分が軒を兼ねた構造です
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諏訪大社本宮案内図
北参道から左に参拝するのが参拝作法の様です
三之御柱は探して見るも見当たりませんでした
かみさんとは完全に逸れてしまった、お怒りのラインが届くまで周辺を見て廻ろう
「ごめんなさい」です
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四社まいりの2社目、本宮参拝完了です

信濃國一之宮 諏訪大社 本宮
創建 / 不明
主祭神 / 
住所 / 長野県諏訪市中洲宮山1
アクセス / ​前宮から国道152経由県道16号線(岡谷茅野線)を西に5分

昨日の新聞に「信号機のない横断歩道で自動車の一時停止率…」の記事があった

「手を挙げて横断歩道を渡りましょう」子供の頃にそうして教わった時期があった
実は1978年の教則改正で「車がくる道路を横断するときは、手をあげて合図をし、車が止まったのを確かめてから渡りましょう」と書かれた一文が消されたというのです
自動車側の停止義務自体は何ら変わりません、止まるものなんです

文言が消えた背景にはいろいろあるようです
「手を上げれば渡って大丈夫的な誤解を植え付ける」とかあった様です
手を上げる行為自体は運転する側から見ると意思表示として、小さな子供たちの視認性向上としてとてもありがたい
「渡らないだろう」「いた事自体分からなかった」など、事が起きてそうした事を聞くこともあるだけに手を上げる行為は一定の効果はある

渡る前に手を挙げ、渡りはじめる歩行者も最近では滅多にお目にかからない、
それどころか渡るのか、渡らないのか行動が読み切れない歩行者も存在する、車側から見て止まらなくなるのも分からないでもない・・・・・でも違反です
近頃は大人が歩道の前で立ち止まっても、なかなか止まらないのが実態です……そもそも違反

地方に出かけた時の事
通学時間帯の信号のない横断歩道、手前で手を挙げる小学生、車を停止するとその場で「ペコつ」とお辞儀をして渡り始める子供に出くわしました
ドライバー側も思わず軽く手を挙げ「どうぞ渡って下さいの意思表示」が自然に生まれるものです
その子は横断し終わると再びこちらに向かって「ペコっ」
車が止まるのは当たり前の事とはいえ、とても気持ちのいい瞬間を与えてくれました

なんだろう、今は色んな意味で運転者側、歩行者側も自己中になってコミュニケーションが不足していのかも知れません

下の写真もそちらで見かけた光景です
昔は何処でもこうした横断旗が有って、渡り終えると容器に入れていたものです
これが無くなった背景も色々ある様です

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「手を上げるのは少し恥ずかしい」と思う方もいると思います、この横断旗、意思表示には「絶好じゃないのか?」とふと思う
戻さない輩とかがいて「補充しても直ぐになくなる」その昔かみさんが嘆いていたこともあった

ここはひとつオシャレでSNS映えするMY歩道旗で意思表示は如何か
歩道旗を掲げても止まらないドライバーは警察にお任せして、反則金からボランティア活動一週間にしてはどうだろう
そして止まってくれた車(・・・・・止まるものです)に何かしらの意思表示をする事でお互いが気持ちいい一瞬が得られることで毎日が一層楽しくなるのかも

​名古屋市瑞穂区塩入町
地下鉄名城線堀田駅から徒歩で1~2分のところに「濱神明社」が鎮座します
神社南側には100均ショップがあり分かり易い
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神社は東側道路に面し、鳥居と本殿は東を向いて祀られています2
道路を挟んだ反対側に手水舎と社務所?があります3
手水鉢には清水は注がれていません
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「濱神明社」全景、境内西側はマンションが迫り、両側を店舗とビルに挟まれています
街中で良く見かける神社の光景です
右に大きな社号標、正面に三社祀られているようです
街中の境内、けっして広いものではないですし、この収まり方は近隣から遷座してきた結果なのかもしれません5
社号標なかなかに立派なものです
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左に名古屋市教育委員会解説板と見所案内板(​東ノ宮神社​)
この一帯を記載する時に決まって「この一帯は過去は海または海岸線、新田開発により田園化された地域・・・・・」でとなりますが、ここ濱神明社のある瑞穂区塩入町も正にそれです
昔のこの辺りは呼続の浜と呼ばれ渡付場があったあたり
名古屋市の史跡巡りには以下の様に解説されています
「昔のこの辺りは呼続の浜と呼ばれ渡付場があった東北、土居の浜には塩焼所があり神宮に塩を奉納していた
天白川の築堤後は田園となり害虫を除き五穀豊穣を祈るため、天照大神を祀った
明治41年津賀田神社に合祀されたが、昭和15年現地に遷座された
境内には天正17年1589年の刻銘がある市内最古の月待供養碑、神道関係の碑として珍しい斗帳寄進碑(対のうちの一基は津賀田神社にある)
西行の和歌を愛した者が作ったという西行腰掛石がある」

とあるこちらを訪れた際は、上の解説板を見て頂ければ見落としがないかも知れません7
境内社全景左右に常夜灯と、石積みの神域に三社が祀られています
右手の碑が解説板にあった市内最古と言われる月待供養塔
左に燈籠の陰で見えませんが斗帳寄進碑があります8
祭神は天照大神、左右の小社は不明(写真は3枚張り合わせ)9
十七夜月待供養塔
驚くのは1589年(天正17)に刻まれた文字が今も明瞭に読み取れる事
「天正十七年巳丑五月吉日敬白十七夜待開眼供養の所尾州愛知郡分野住人四郎五郎現世安穏後生善所」三つの〇の中に丸の中の梵字は種字といい、仏を一文字で表したもの
左は不動明王を表す「カーン」、左が毘沙門天の「ベイ」、そして中央に勢至菩薩の「サク」と刻まれ、中央部分の梵字が五輪塔に彫られているのを見ると思いますが「キャカラバア」と言うそうです
空輪、風輪、火輪、水輪、地輪を表します10
神域左の斗帳寄進碑斗帳寄進碑は伊勢神宮に斗帳(幔幕)を寄進し祈願成就を祈った記念碑
これの対になるものが津賀田神社にあるという
こちらの碑は表面が風化し、書いてあるのは分かりますが読み取れません11
十七夜月待供養塔の前の皐月の植え込みの下の石に「西行腰掛石」
西行法師が熱田神宮で「かくばかり 木陰すずしき 宮立ちを 誰が熱たと 名づけ初めけむ」
と詠んだことから、彼の熱烈なファンが寄進したものだと言います
実際に西行法師かここに腰掛けたというものではない様ですが、上部には手形も彫られ、側面に西行法師腰掛石と彫られています
腰掛けるには丁度いい形はしています13
境内から鳥居方向の眺め
昭和13年建之の鳥居から先は本来参道が伸びていて、道路により分断されたということだろう

塩入町の濱神明社、海は遠く離れてしまったけれど、その昔ここが海に接していたことを表す語り部のような存在です
濱神明社
創建 / 不明祭神 / 天照大神
住所 / ​名古屋市瑞穂区塩入町14-5
アクセス / 地下鉄名城線「堀田」駅下車北に1分

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