尾張のおじさんblog

こんにちは 地元名古屋を中心に身近な神社・仏閣、地元の歴史や街並みを紹介していきます

春日井市上条町3
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 JR春日井 南口から徒歩で10分もかからない、大きな工場の南の通りを東に進む。
右側に公園が現れその先で道は二手に分かれます、目的地は三叉路の角。

写真は振り返った道筋の絵なので公園は左になっています。
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 小さな側溝沿いの角に聳える2本のシュロが目印。

シュロ、弘法大師が持ち帰り寺院に植えたともいわれるけれど、以前我が家の庭で一人生えし最初は南国情緒が漂い、真っすぐに伸びる事もあり、気持ちもいいんじゃないのと放置。
気が付けば剪定に手を焼くこんな高さまで育ってしまい往生した事がある。
それと同じだ。皮はタワシ代わりにもなり重宝していたが成長の早さには驚いたものだ。
この社の鎮守の杜はこのシュロなのかもしれない。
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 二本のシュロの先に民家に溶け込む様に小さな切妻の覆屋が見えると思います。
ここが今回の目的地になります。
今回もこの社の情報は皆無、なので不明社として記載します。
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 社の正面全景、周囲はアルミの柵で囲われ、小さな境内の覆い屋の下に板宮造りの社が祀られています。
扉は開け放たれているので地域のものだと思います。
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 社の前に供えされた榊は新しいもの、小まめにこちらを訪れ手入れをされているようです。
この町内の氏神様なのでしょう、何か分からないねのか、調べて見ましたがやはり詳細は掴めませんでした、社の扉は閉ざされ、神札から判別することもできませんでした。

下は左が1938年の社地で右が現在、どちらにもそれらしいものは記されていません。
とすれば現在の区割りが整った頃と想定すると、意外に最近の事なのかも知れない。
社名は分からないけれど、参拝に訪れて感じたのは、何らかの意図をもってここに社が必要とされ祀られ、それが現在もこうして面倒を見てくれる方がいて受け継がれている事。
通りすがりのおやじに意図を明確にする必要はなく、ここに住まう方が知っていれば十分なのかもしれません。
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 社の事は分からなかったけれど、左のJRの駅名に新たな気付きを見付けました。
「JR鳥居松駅」の表記、春日井駅は春日井駅だろうとずっと思っていた。

1900年(明治33)に名古屋駅 ~多治見駅間が開業したけれど、当初は勝川駅~高蔵寺駅間には駅がなかったそうです。
その後、鳥居松村の有力者を中心として駅の開設運動が起こり、1927年(昭和2)「鳥居松駅」が誕生したそうです。
1943年(昭和18)に鳥居松村含めた4町村の合併により春日井市が誕生し、3年後の1946年(昭和21) に春日井駅に名を変えたという、春日井駅は鳥居松駅だった、このことがここに訪れて得られた収穫。
2020/6/13

不明社
創建 / 不明
祭神 / 不明
住所 / ​春日井市上条町3
公共交通機関アクセス / JR中央線「春日井」駅下車、​南口から東へ徒歩5分程

東区筒井1丁目
名古屋城の東に位置し、古くは武家屋敷、寺社も集まり、以降町人の町として賑わいを見せ、近くには尾張徳川家と所縁のある建中寺もあり、新旧の趣が混在する地域
建中寺公園の東にある小学校方向に歩いて1分程、細い三叉路に小さな社があります。
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この筒井町は南に筒井町商店街が東西に続きますが、嘗て賑わいを見せた通りも今は人より車の往来の方が目に付き寂れた印象が漂います。

小学校の西側に位置し、三叉路の角に社が鎮座します。
以前は古びた覆屋と社だったけれど、近年建て替えられた様子。
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 写真の先は建中寺公園になり、背後は小学校の裏門で周囲は住宅街。
静かで落ち着いた環境、その角地に僅かな社地を確保してもらい社が佇んでいます。
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 東を向いて祀られる社は5本の鰹木と内剥ぎの千木が施された神明造。
以前は檜皮葺きの流造だったようです。
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この社、以前は軒下に祀られていた屋根神さまだという。
屋根神様には秋葉神社、熱田社、津島神社の三社が祀られることが多いけれど、こちらは秋葉神社、津島神社とこの地の氏神「高牟神社」が祀られている。

人通りも少なく、雨に打たれる姿はどことなく寂れた感じが漂いますが、毎年6月の最終土日に行われる「筒井町・出来町天王祭」ともなれば様相は一変します。
小学校の北側に筒井町の山車「神皇車」が保管され、すぐ東の黒門町には「湯取車」もあり、何れも市の有形民俗文化財に指定されるものです。
天王祭ではそれらが曳き回され、この時ばかりは多くの見物客で賑わいます。
今年はCOVID-19の影響で開催されるかは微妙なところ、確認が必要です。
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 社側面の眺め、覆屋の下に祀られる社は結構窮屈に収められています。
社の棟柱と覆い屋の梁は絶妙に加工されています。
地域の方々にこうして新しくしてもらい、親しまれているのを見ると窮屈に見えようが大きなお世話。

建て替えに伴い軒下から姿を消していく一方の屋根神様ですが、こうして残されている姿を見て、形容に困るけれど、ある種の優しさ?繋がり?みたいなものが伝わってくる。
我が町からとうに消え去ったものがここにはある。
2020/06/19

東区筒井1の小さな社
創建 / 不明
祭神 / 秋葉神社 津島神社 高牟神社
住所 / 名古屋市東区筒井1-13
公共交通機関アクセス / 市営地下鉄桜通線​「車道」1番出口から北へ徒歩10分程
関連記事 / ​建中寺​ ​​

昭和区伊勝町
その昔、津田房勝(尾張藩士・1629~1701)の著した正事記に、この地の事が記されています。
ここを訪れた空海がここで水を求めたそうな、それを村人が拒んだために村中の井戸が涸れてしまった伝説があるようです。
そのことから「井湯の里」と呼ばれ、「井渇の里」となり現在の「伊勝」となったともいわれる。
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 周辺は史跡散策路となっており、伊勝八幡宮への曲がり角に写真の様に周辺の見所が案内されています。
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 案内板から北側に曲がるとすぐ右側に「伊勝八幡宮」社号標と玉垣で囲われた境内が現れます。
南北に細長く南入りの境内の様です。
境内は御覧の様に玉砂利が敷き詰められ、静かな住宅地の中に踏みしめる玉砂利の音が聞こえてくる、そんな厳粛な空間が漂います。

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 道路際に掲げられた由緒書き、伊副神社由緒とあります。あれ?伊勝八幡宮のはずだが・・・・・
よく見れば右側に伊副神社の社号標がありました。
伊副神社由緒書き
御祭神 龗神、罔象女神
延喜式神名帳に記載されているが鎮座年代は不詳、伊勝八幡宮所蔵の棟札に「伊福神社天明3年癸卯年春伊勝村神主」と記されている。
江戸時代の絵図等の記録を調べると伊勝八幡宮正面(現在の前山町3)に伊副池があり、小山に社祀られていた。
「尾張地名考」に「伊勝は井河津の約なり」と記されている、副は「寄り添い助ける分ける」の意がある。
伊副大神は生きとし生けるもの全てに最も大切な清らかな水と多くの恵みをもたらす神として崇められる。伊勢神宮62回式年遷宮の年に世の恒久平和と国や此里の安全弥栄を祈り再建。
とある。
天明3年は1783年、伽藍が新しいので歴史は浅いのかと思いきや、その当時から既にこの地に鎮座していたということです。
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 井福神社境内
木の神明鳥居と石畳の先に流造の本殿、綺麗な狛犬見える。

境内左に控柱のある手水舎。
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62回式年遷宮の年に再建とあるだけに、本殿を含め全てが新しく、境内手入れの良さもあり、参拝に訪れても気持ちがいい。

伊副神社
創建 /  不明
祭神 /   龗神、罔象女神

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 伊副神社の右が伊勝八幡宮。
並行するように石畳の参道が続く、鳥居はニノ鳥居まであるように見えます。
その先に石段があり、拝殿が見えます。
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 一ノ鳥居の額を写真に収め、PCで見て初めて気が付いた事ですが、八幡の「八」が鳩の様に見えます。
後で調べたところではこちらの神社は別名「鳩八幡」と呼ばれることもあるようで、そのためか八が鳩のデザインになっているのでしょう。
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ニノ鳥居の手前に四脚の手水舎、手水鉢があります、遠目に龍の存在が分らず、そばに来て口を隠すように清水を注ぐ龍の存在に気づく。こうして見れば角はしっかりはみ出ています。

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ニノ鳥居の右に玉垣が切れた部分があるので、そちらに向かいます。
その中は「忠魂碑」が安置され、その後ろに「義勇奉行」と記された石碑、その左に「村社八幡社」の旧社号標が建っています。

1979年(昭和54)に伊勝八幡社へ改称した際にこちらに移設したのでしょう、その後現在の伊勝八幡宮に社名変更されたようです。
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ニノ鳥居から拝殿の眺め。
石段の右の巨木、樹齢1000年を超えるといわれるご神木のアベマキ、大きさのみならず、伊勝八幡宮の歴史を物語るものです。
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 石段を上がりきると台座に橘紋の刻まれた狛犬、なかなか体形の整った姿をしています。
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ご神木のアベマキの右に一対の狛犬と二つの建物。
左が寳物殿で右が覆殿、その間に小さな覆屋があり熱田社が単独で祀られています。
覆殿を守護する狛犬、ここでに狛犬を3対見てきた事になります。
こちらの面々、若干肉付きがいいものの、凛々しいスタイルをしています。
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 覆殿の三社
左から富士浅間社、山神社、埴山姫社。この三社は流造。

下の写真は単独の覆屋に祀られた熱田社。こちらは神明造。
何れも建て替えられ、台座も社も綺麗な状態です。14
 覆殿のある境内の西側から見た唐破風向拝の曲線が美しい拝殿から本殿の眺め。
今一つ本殿の全容は掴めません。
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 拝殿前にも一対の狛犬が見えます。
彼らで4対目。
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 拝殿を守護する狛犬、大きく目を見開きこちらを見据え、撫で牛もこちらを見ているようです。
これまで見てきた狛犬の中では一番愛嬌のある顔つき。
参拝させていただきます。
拝殿前に撮影禁止の張り紙がありこれ以上は控えさせていただきます。

伊勝八幡宮に伝わるものに1985年(昭和60)に愛知県の文化財に指定された陶製の狛犬があります。
「山犬型・古瀬戸鉄釉狛犬」と呼ばれ、その台座には「応永廿五戊戎歳(1418)十二月朔日熊野願主浄通」の墨書銘があるそうです。
そのことからもそれ以前には伊勝八幡宮は鎮座していたと思われます。

瀬戸窯で狛犬を製造し伊勝神社に奉納されたもので、全身は黒色で狼を思わせる威厳のある顔と鋭い目をもつといいます。
昭和初期頃までご神体前の帳の鎮子として置かれていたため保存状態も良好らしく、伝世されている狛犬の中でも第一級の基本資料とされ、伊勝型として分類されるようです。
実物は​名古屋市博物館のHPに掲載され、そちらで見ることができるようです。
熊野大社の狼に繋がる狛犬は、この神社にあって一番個性的で威厳のようなオーラを放っています。

この狛犬について尾張志(天保15年尾張藩の総力を結集し取り纏められた)にも記されていて、伊勝村に應神天皇を祀る神社があり、神社には陶器の狛犬あり、うらの銘に「應永廿五戊戌歳十二月朔日熊野願主浄蓮」と記されています。
その中で「1441年(嘉吉元年)當社を御器所村に移し祀った」とあり、この通りだとすると元々の神社は
御器所村に移され、その跡地に現在の伊勝八幡宮が建った事になります。
御器所と聞くと御器所八幡社が思い浮かぶけれど、移された神社がそれなのかは不明。
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 拝殿左の伊勝天神。
絵馬かけには多くの願いが寄せられています。
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 伊勝天神側から見た伊勝八幡宮本殿、やはり伽藍の全容を見ることはできません。
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 伊勝天神の西にも鳥居と手水舎があります。
この鳥居から5分ほど西方面に行くと遺構は残っていませんが伊勝城があります。
1573~1592年(天正年間)に佐久間盛政の居城とされ、のちに廃城となり現在は住宅地なっています。
散策路になっているだけに周辺には寄り道したくなる所は多い。
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 手水鉢は普通に見かけるものですが、後方の岩にご注目、岩のてっぺんに何かがいます。
それは亀、鉢に亀は分かるけれど、なぜここなのか知りたいところです。
岩に彫られた溝のようなもの、文字に見えなくもない。
亀が注いだ清水はこの溝を経て鉢に導かれる?もう少しよく見ておけば良かった。
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 北参道と言っていいのかな?
雨に打たれた石畳と周囲の光景は厳粛な雰囲気を漂わせています。
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 境内の社務所、中央の石畳の左が御神木のアベマキ、なんとも見事な枝ぶりです。
生憎の雨模様ですが緑は鮮やかさを増します、こうしたしっとりした雰囲気もいいものです。
手入れも行き届き、伊勝町の氏神さまとして親しまれているのが伝わってくる。
とても居心地の良い神社、そんな印象を受けました。
2020/06/12

伊勝八幡宮
創建 / 創建年代不詳
主祭神 / 品陀和気命(応神天皇)
相殿神 / 天王社(武速素盞之鳴命)、白山社(菊理姫命)
脇殿 / 熊野社(五十猛命)、天神社(菅原道真)
境内社 / 富士浅間社、山神社、埴山姫社、熱田社
住所 / 名古屋市昭和区伊勝町2-99
公共交通機関アクセス / 市営地下鉄鶴舞線​「川名」下車、北に20分程

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