尾張のおじさんblog

こんにちは 地元名古屋を中心に身近な神社・仏閣、地元の歴史や街並みを紹介していきます

2018年01月

名東区神月町に鎮座する曹洞宗『月心寺』


 道路1本隔て北に出来町通り、周囲は住宅街、保育園が隣接します
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 保育園の横に寺号標が建っています
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 月心寺境内へは保育園の横から参拝する事になります

 目の前の石段の先には山門がそびえています
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見上げると屋根の緩やかな勾配はあたかも鳥が翼を開いたかのようです
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 山号の松嶽山と記された変額

 山門は定光寺山門建て替えの際に解体した古いものをこちらに移築し

月心寺山門としたと言われ

その後、昭和に入りオリジナルを基に建て替えられたものらしい
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久我龍胆の紋が施された山門の重厚な扉の先には本堂が迫ります
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境内左には鐘楼とその奥に見えるのは観音堂

 保育園の園庭で戯れる子供達の声とは裏腹に境内は静まり返っています
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 境内から本堂の全景

 濃尾地震で倒壊、昭和に入り二階建てのコンクリート造りに建て替えられた
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 月心寺

宗派 / 曹洞宗

創建 / 不明

1662年(寛文2)に東春日井郡大永寺の末寺となり、猪子石城跡のこの地に創建と言われています

本尊 / 阿弥陀如来像
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本堂を斜め横から見ると二層構造である事が分かります、本殿西側は墓地へとつながります
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 本堂の破風飾りと喚鐘
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 山門左の鐘楼、梵鐘の表面には羽衣をまとった天女らしき彫が見えています
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観音堂

江戸時代以前に既にこの近隣にあったと伝えられ「蓬萊の観音」と呼ばれ親しまれてきた

 現在の蓬来小学校付近に八剱宮と供にあったものを1885年(明治18)移転した

本尊は十一面観世音菩薩
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 本堂から境内、その先(南)に住宅が広がり、その先には香流川が流れます

 少し東にずれていますが昔は右のような風景が広がる地域( 尾張名所図会、猪子石)
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拝殿右の香流弁財天堂は昭和に入り新たに建てられたもの

 桃巌寺の東山弁財天分身を祀ったと言われています
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 馬頭観音

 香流弁財天堂の後方、墓地の入口に祀られている
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現在の引山付近の山口街道に祀られていたものをこちらに移転したものと云われる

 難しい顔つきをしていますね、もう少し力を抜いて見ましょうか
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境内西に参拝者駐車場が整備されています
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 駐車場から鐘楼堂に向かう右側に標柱があります

「従是西南御留場」と読めます

名東区の紹介によれば

「もともと矢田川左岸の堤防上に立てられていたものでかつて矢田川と香流川の合流点あたりの河原が

藩の大砲(おおづつ)の演習場になっていたため、いわば立ち入り禁止の立て札」とある
無題

(現在の名古屋市猪子石焼却場付近と思われる)

 

御留場の意味を辞書で調べ素直に読むと

「これより西南は将軍家狩猟場または月心寺が狩猟・漁猟を禁じる」とした
立ち入り禁止を促すための道標となりますが、いずれにせよこちらに移設したと思われます



伽藍は昭和に入り形が出来上がったものの

 猪子石の地名の謂れを知る歴史を持つ月心寺です


住所 / ​名古屋市名東区神月町604 

℡ /    052-771-6101

 アクセス / 市営基幹バス2栄⇒四軒家   猪子石西原下車徒歩5分程


県営名古屋空港の滑走路北端を東西に走る県道166号線

 市之久田南の交差点付近の道路沿いに石灯籠と標柱が見えてきます


街中では見ない長い参道の先に鳥居を構えた鎮守の杜が見える

 八幡社です
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手前が県道166号線、昼間はトラックの往来が多い道です

  車の場合はエアフロントオアシスに駐車するのがお奨め
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県道から一の鳥居までの長い参道、近くの天神社に比べれば短い方です

 住宅地の中ですが八幡社の鎮守の杜は遠くからも確認できます

少し離れて西をみると​天神社​の杜も見えています
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参道を横切る公道の先、鳥居(昭和38年建之)の先に境内が見えてきます

 右の赤い幟と建物は隣接する養光寺
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 雲一つない青空を背景に扁額
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八幡社の境内全体が見えてきました
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振り返れば真っ直ぐに延びた一直線の参道
街中ではなかなか出会う事のない風景です
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小さな境内の右に手水舎があります

 ここまでに社格や由緒を記したものが見当たりません、見落としたのか?
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綺麗な水が絶え間なく注がれていました
手水鉢も新しいものです
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切り妻の小振りな拝殿は比較的新しい趣です
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 拝殿前の狛犬、陽のあたり方のせいでしょうか眼が印象的
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拝殿と幣殿

 朝陽が差し込んで障子の白が輝いて見えます 
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拝殿から幣殿内部

 創建 / 不明 
随分と調べましたが・・・・・課題としておこう
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本殿後方から拝殿
本殿は屋根で覆われ
周囲をコンクリート塀で囲まれて全体像が見えない
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御祭神 / 品陀和気命(応神天皇)
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拝殿左の境内末社

 こちらについても宿題です、分かりません 
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 境内右の末社

 ・・・・・宿題です
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境内左の稲荷社

 ・・・・・どちらの稲荷なのか?
土地柄を考えると宇迦之御魂神が祀られていると思いますが
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手水舎の左にある小さな祠
「村内安全・・・・・」と彫られているが、これも宿題ですね
 今後の課題ばかりの八幡社
長い参道と同じように人生は長い
結果を急がずゆっくり課題を片付けていこう
住所 / 愛知県小牧市市之久田1丁目368
アクセス / 車・国道41号線 県道166号線右折 東へ1km程先を左折
アクセス / 公共交通機関・​地下鉄名城線上飯田下車⇒名鉄小牧線間内下車⇒西へ徒歩20分


旧猪小石村、一昔前は田畑が広がり、北に矢田川、南を香流川に挟まれる地域

 蝮だろうが猪だろうが狸、狐なんでもあり、まさしく田舎の風景が広がる地域
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​牡石(猪子石神社)​、​牝石(大石神社)​と香流川の位置関係が地誌にも描かれ残っています

 現在は県道215(出来町通り)整備され、基幹バスが走り、住宅地へ変貌を遂げました


合併を繰り返して現在の町名も名東区神月町
 上の地誌は位置関係からこの周辺から南を描いた様に見えます

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基幹バス引山バス停から来た道を5分程戻った左側の杜を目指します

 県道を左に入った宮前公園の向かいが今回の目的地猪子石神明社
​この地の氏神様です

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境内は公園の北向かいに広がります

 県道の喧噪も道路1本入るだけで静かな街並みです
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南側にある石段の先、一の鳥居からは拝殿まで一望できます
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凛々しい顔つきの狛犬
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境内左、古札納所
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シャープな屋根の手水舎と自然石の手水鉢
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境内を遅い朝陽が茜色に染め、昼間にはない趣があります 
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二の鳥居の扁額
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拝殿、本殿にも朝陽が差し込んできました
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参拝
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桐紋が溢れる拝殿内

『猪子石神明社』

創建 / 834~848(承和年間)

      1308~1318年(鎌倉時代後期)猪子石字水汲坂に鎮座

      香流川氾濫 により1622年(元和8)に現在地に遷座

御祭神 / 天照大御神

合祀 / 須佐之男命、菊理姫命、日本武尊命、豊受大神、大山祇命

猪に因み足腰の守護、「亥の子」信仰に因み五穀豊穣、子孫繁栄の守護として親しまれる
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拝殿から本殿
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拝殿の左には境内末社の英霊社(右)と龍耳社(左)が祀られる
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龍耳社

明治初期、現在の豊田市の弁天池で杉浦 喜兵衛が乾固した耳の付いた八尺許の蛇を見つけ持ち帰った

その後、守山区小幡の畑 一衛門が「耳の祭神」のご神体として祀ったが昭和初期に新明社の末社 として祀り現在に至る

左は明治に書かれた絵のコピーと思われます、絵の様子と由緒の「乾固」と多少?ですが

 地方新聞に取り上げられたと記されているので不思議な何かが見つかったのでしょう
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祠に飾られていた置物にも耳? 聞こえに御利益があるようです
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英霊社
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猪子石遥拜所石標と境内東にある社号標
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神明社資料館

この地方の古くからの馬具や棒の手などを保存するため昭和63年建築されたもの

未だ中に入る機会がないのでいつかは訪れたい

猪子石神明社

住所 / 名古屋市名東区神月町602番地

tel  / 052-771-3244 

アクセス / ​名古屋市営バス 引山バス停より徒歩5分程





名古屋市守山区金屋

 ゆとりーとラインの高い視線から見ると街並みの中に

小島のように杜が点在するのが良くわかります

その一つをめざし、金屋駅から西へ歩いてきました

 ・・・・・「杜を探せ」です
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郊外の住宅街を10分程歩くと立派な杜と木々の間に社も見えてきました
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杜の南側に回り込んで鳥居から境内を眺める

 神明社の社号標が目に入る

天照大御神を主祭神とした

伊勢神宮内宮を総本社とするメジャーな神社ですね 
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境内右には綺麗な社務所があります、近年建て替えられた感じですね
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 御神木左の赤い社が目を引きます津島神社です
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境内左の手水舎、手水鉢には絶え間なく水が注がれています
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子供の頃、蝉を追いかけ走り回り渇いた喉を潤したものです
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 拝殿前のやさしい表情をした狛犬
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拝殿正面の全景

良く手入れされた境内、ベンチもあり一息つくには気持ちがいい
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祭殿
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 祭神 / 天照大神

合祀 / 山神社・源大夫社

創建 / 不明

由緒からの抜粋では

徳川時代初期、神事祭事の復興から伊勢神宮より天照大神を鎮守様として

1658年(明暦4)創立とされ

 昭和39年本殿、祭殿、拝殿を増改築、鳥居・灯篭・狛犬は当時奉納されたもの

だからでしょうね、綺麗に感じるのは

 この辺りでは神明様として親しまれているようです
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本殿後方から拝殿方向の眺め、平坦な境内に整然と配置されています

 取り囲む杜の木々は間隔もあり境内を明るい印象にしてくれています

暑い夏には風が通り心地いいかも知れません
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拝殿左には御嶽神社が祀られています

 いかにも御嶽を歩いてる感が漂います
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 小さい神社ですが各所に由緒や解説板が整備されています

 氏子の皆さん以外にも分かりやすくして頂いている事は嬉しい事です

建て替えて間もない神社のようですが、地元の鎮守様として親しまれている限り

歴史が刻まれていきます


2017/12/25

 

住所 /  名古屋市守山区金屋1丁目26-118

アクセス / ​市営地下鉄名城線大曽根下車⇒ゆとりーとライン金屋下車⇒西へ徒歩で10分程​​







名古屋市千種区向陽に鎮座する『蝮ヶ池八幡宮』


千種区の西部は過去に古井村と呼ばれ、その大部分は山林原野でした

 1610年(慶長15)名古屋城築城とともに、南側に城下町が造られ

城下町の人口増加とともに、開墾の地を求め千種区西部をその地とした

 開墾地は名古屋新田と呼ばれ、北は現在の大曽根、鍋屋上野

東は天白区に及んだと言われます


名古屋新田の開発は尾張藩士の新田頭兼松源蔵と小塚源平に任されました

 開墾地は丘陵地のため、大半は畑

兼松家、小塚家は名古屋新田に農業用の溜池を作り稲作を可能にしていった

 水利の向上に伴い農民も増え、名古屋城下に居を構えていた両家

兼松家は1781-1788現在の仲田付近、小塚家も1807年千種区吹上に居を構え

指揮統率の強化を図った


蝮ヶ池八幡宮は、明正天皇(1624~1696)の御代兼松源蔵が石清水八幡宮の分霊を勧請

 自邸に近い西八幡社の地に祭ったのがその始まりと伝わる

後に現在地に社殿を造営、この地に住まうものの鎮守として建てられた


現在の千種区は当時の溜池、水田や田畑は姿を消し住宅街に大きく変貌

 地下鉄池下駅前を南北に伸びる車道を北の高見町方向に向かう

東の高台から西に大きく傾斜した地形が見て取れる
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10分程歩くと右側に蝮ヶ池八幡宮の社号標と鳥居が見えてきます
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 訪れたのが2017/12/18 彩が少なくなった境内に椿の赤がアクセントを加えています
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 二の鳥居

 参道の先には上りの石段が続き日陰に紅葉の名残も見られる
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石段左に手水舎があり、参道を隔て向いが社務所になります
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石段の先に境内が広がるようです・・・・・高台の頂が境内?
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視界は広がる

 丘陵地の中腹を整地し境内が広がる、左奥に拝殿が鎮座します

見上げれば更に高台が続きマンション・住宅が立ち並ぶ
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 境内左が御参殿社
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 社前の狛犬
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左から洲原大社、須佐之男命社、秋葉神社の三社が祀られる

 昭和49年伊勢神宮造営時の古殿社の御神木で建てられ、同50年鎮座した
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御参殿社左の鎭霊社

御祭神 / 氏子戦没者之霊、千種警察署殉職者之霊
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 蝮ヶ池八幡宮拝殿と拝殿を守る狛犬
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 扁額の整った文字はどなたの揮毫だろう
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 拝殿内部

祭神 / 應神天皇

創建 / 1624~1696

    昭和20年の空襲で社殿焼失、同26年神殿落成

    昭和35年に拝殿、渡殿、神楽殿を造営
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拝殿の向かいには神楽殿があり、その右には木の鳥居と八幡社の社号標が残る

 蝮ヶ池が出来る前は八幡社でいいのだろうか
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境内から高低差のある西の二の鳥居を眺める

 左が社務所、右は手水舎
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 境内各所に由緒書きはあるが御参殿社以外は微妙に読み取れない
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境内東、向陽町の山側の鳥居、階段の正面は神楽殿

 山を切り開いたため、ここからも結構な高低差がある

この地を開墾した当時の苦労を感じさせる

『蝮ヶ池八幡宮』

住所 / 名古屋市千種区向陽1丁目3番32号



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