尾張のおじさんblog

こんにちは 地元名古屋を中心に身近な神社・仏閣、地元の歴史や街並みを紹介していきます

2018年04月

名古屋市守山区
曹洞宗 大永寺 
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霧雨の中、咲き始めた枝垂れ桜の桜色が際立つ
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枝垂れ桜の美しさと山門のこの風景は風情があって、毎年楽しみな光景です
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山門から境内
 石畳の先の本堂、生憎の雨で霞んでしまいました
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本尊は釈迦如来(伝恵心僧都作)
創建は1190年、山田重忠が小幡に建てた寿昌院
1521年、重忠の末裔岡田重頼が再興、大永寺と改めたが戦火で消失
1617年、岡田善同が名古屋城築城の残材を用い再建、現在地に移す
本殿左には岡田氏歴代の墓石が並んでいる
平成8年の改築により、鐘楼を除き建築物は一新されています
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大永寺扁額
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境内右の鐘楼(左)と境内左の御堂
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御堂左脇には地蔵が纏められています
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雨に打たれ境内の苔はみどりが鮮やかに
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境内から山門
 雨の中、緑と桜のピンクはしっとりとした色合いで艶やかな美しさがあります
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大永寺
住所 / 名古屋市 守山区大永寺町208
アクセス / 市営地下鉄 大曽根⇒ゆとりーとライン川宮下車、徒歩20分

長久手市岩作

以前は花火大会が催され、夏の風物詩として馴染みのある地域

 長久手市役所から徒歩10分程東に歩いた左、色金山の麓に安昌寺山門が見えてきます

訪れたのは3/28

 山門横の淡墨桜は丁度見頃を迎えていました
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微妙に色の違う二本の桜に彩られた山門からは、境内がほぼ見て取れます
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「曹洞宗 久岳山 安昌寺」の表札
 
 山門右の桜は淡墨桜、この時期に安昌寺を訪れる者の眼を引き付けます
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樹齢30年程の薄墨桜
 安昌寺の菩提樹だそうです
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山門から境内に入った右の手水鉢
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境内右の鐘楼
 1770年(明和7)に建造と言われ、長久手市内では一番古い木造建築物とされます

手前の歌碑(平成4年建立)には平成の文人、林謙三氏が詠んだ岩作八景「安昌寺晩鐘」の句が刻まれています
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碑の左の石は「夜泣き石」と呼ばれ
 この石にお参りすると、子供の夜泣きが止まるとも云われます
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本堂から右に庫裏へとつながっていきます
 
 近代になって建て替えられた様です、新しい
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本堂に掲げられた扁額
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境内左の観音堂

堂内には平安時代初期、849年(嘉祥2)の仏師徳永作と伝わる木造の十一面観音座像が安置されており
 100年に一度ご開帳され、直近は1980年(昭和55)に御開帳されたそうです
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観音堂内(写真2枚張り合わせ)
 
 1573年(天正元年)、​守山区大永寺​の雲山和尚により草創され
1585年(天正13)に岩崎城主丹羽氏により創建された寺

ここから程近い長久手合戦の際、戦死した人々を雲山和尚が懇ろに弔ったそうです
 合戦後、多くの尾張藩士が訪れた事から、安昌寺には多数の書き付けが残ると言われる
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本堂左の地蔵群
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境内から山門を振り返る、二本の桜が印象的です
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1861年(文久3)の建造とされる山門、安昌寺を代表する建築物かと思います

『安昌寺』
宗派 / 曹洞宗
創建 / 1585年
本尊 / 釈迦牟尼仏
札所 / 尾張城東西国三十三観音一番札所
住所 / 長久手市岩作色金92
アクセス / ​リニモ長久手古戦場駅下車北に徒歩30分程


春日井市宮町 1
 ​名鉄小牧線​「春日井駅」から踏切を渡る、二股の道を右に入り歩く事5分程
春日井小学校の東隣りに鳥居が見えてきます「両社宮神社」到着です
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道路沿いの鳥居、実は二の鳥居
 一の鳥居は右奥に建っており、鳥居前は道路は途絶え畑になります
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一の鳥居の左に「両社宮神社社務所」があります
 上原村と彫られた手水鉢が置かれています
現在の町名は春日井市宮町ですが、1878年(明治11)当時は春日井村の春日井原新田と呼ばれ、水田が開かれました
 上原と南下原、小牧原に分かれていたようで、鉢に彫られた上原村は当時に寄進されたものでしょう
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道路に面した二の鳥居と社号標
 真っ直ぐに延びる参道の先に蕃塀と祭文殿が見えます
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二の鳥居の狛犬と由緒の記された石碑が建つ

 両社宮神社由緒抜粋
創建は1648年(慶安元年)、1744年(延享元年)に八幡社と熱田社を合わせ祀り両社太神宮とよぶ
 徳川末期、森の中に延喜式(927年)以前の和爾良神社祠を発見し合祀、1866年(慶安2)尾張藩から式内和爾良神社両社宮の社号を許可されたが、1870年(明治3)から両社宮神社と改めた
 1947年(昭和22)年郷社に認定、六等級社になる
現在の本殿、祭文殿は1956年(昭和31)竣工、拝殿は1827年(文政10)改築の建物
 また、1959年(昭和34)の伊勢湾台風で巨大な森は全滅、以後植林して現在の森となる
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立派な木々が長い参道の両脇に杜となり
 一歩踏み入ると周囲とは別の神聖な場所である事を感じさせます

参道脇は仲睦まじい道祖神が幾つも祀られています
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参道中ほどの左に手水舎があります
 蛙の口から絶えず水が注がれた水盤で清め先に進みます
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蕃塀の先の広い境内は祭文殿、本殿、両脇に境内末社が見て取れます
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祭文殿全景と内部から見た本殿
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本殿前の狛犬と本殿
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賽銭箱には桐と橘の紋が入る
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本殿側面からの全景
 派手な飾りのない流れ造りの社殿はシックな佇まい
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社殿域両脇の神明社と須佐社
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社殿の右に御嶽社、その右の諸霊社
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境内西向きに祀られる左から天神社、山之神、直会社
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社殿の左に住吉社
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稲荷社参道入口左に玉垣で囲われた天満社
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住吉社と天満社の間に稲荷大明神の幟がはためく、真っ直ぐ続く参道とその先の稲荷社
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境内の三猿石像と道祖神
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切妻造りの祭文殿、破風飾りなどに光り輝く装飾はなく、彫も派手さを抑えたもの
本殿脇の由緒書き
両社宮神社は延喜式神名帳に記され「尾張国山田郡和爾良神社」の事とされていますが
 石標に記されている「和爾良神社祠を発見」とあり、あれやこれやと調べてみたものの根拠に辿り着けない
・・・・・和爾良神社はあちらこちらに存在し、自宅近くの​和示良神社​もその一つと言われるだけに
 考えたくない部分なので素直に「そだね!」としておきます
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両社宮神社の鳥居
上段は手水舎から振り返って見たもの、一の鳥居の先が畑なのが良くわかります
 下段左が​行者寺​と路を隔てた東の鳥居、右が学校脇の西の鳥居

両社宮神社
創建 / 1648年(慶安元年)
祭神 / 誉田別命、日本武尊、 大国主命 、 阿太賀田須命 、建手和爾命
境内社 / 神明社、須佐社、御嶽社、諸霊社、天神社、山之神、直会社、住吉社、天満社、稲荷社
住所 / ​愛知県春日井市宮町1
アクセス / 名鉄小牧線春日井駅下車徒歩10分


長々と残っていたホルダーもこれで移動できます
 今頃は境内は新緑が輝いているのではないでしょうか


滋賀県彦根市佐和町
  JR彦根駅から駅前お城通りを眺める、
正面に護国神社と更にその先には彦根城の姿が見えます
 大師寺は駅から西に約5分程歩いた佐和町にある小さなお寺です
藩政時代には上瓦焼町と称ばれた辺りに鎮座します
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昔ながらの狭い道路脇に山門があり、赤い幟がはためいているのが見えてきます
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滋賀県では数少ない真言宗のお寺で、
 彦根駅に近い事から「駅前の弘法さん」として親しまれています
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山門左には小さな堂
 地元の方でしょう、通りすがりにお参りをされる光景が目に入ります
身近に根付いた存在なのが良くわかります
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大師寺正面から境内の眺め
 境内に入ると目の前に本堂、右に寺務所の配置です
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山門左の寺号標と提灯
 この紋はどこか見覚えがあるのですが・・・・・思い出せない
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右側には由緒書きが掲げられています
 「寝弘法」と「不動明王」にお目にかかりたい、それがこちらを訪れた理由でもあります
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山門をくぐると左に地蔵が纏められ、その奥に由緒の記された石碑が建っています
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手水舎
  絶え間なく注がれる水盤、七福神に見守られ日頃の穢れを清める事にします
水盤にも紋が・・・・
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手水舎の左に小さな祠
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本堂左脇の七福神像
 「彦根一箇所七福神」と呼ばれ七福神全てが勢揃い
四国八十八ヶ所の砂踏みがあり、
 歩いて行けばお手軽に八十八番までのお遍路が完結し願いが叶うもの
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本堂正面
 遍照金剛と彫られた扁額
堂は扉が閉ざされ、堂内の寝弘法さんとは会えないのか・・・・・
 しばらく写真を撮っていると、法要から戻られた住職に
「中に入って寝弘法さんを見てれば良かったのに」と声掛けを頂いた
 ・・・・・開いていたのネ
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では、という事で堂内に、ほどなく住職もお越しになりお話を聞くことが出来ました
 正面にはこちらを向いて横になるブロンズ製の弘法様とご対面
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堂内は正面に煌びやかに輝く弘法大師像
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大師像の右の脇仏「開山真浄法尼像」が祀られています
 1931年(昭和六)、一人の女性が僧に草鞋(わらじ)代を喜捨したことがこの寺の始まり
 その後、女性は霊験を得て仏門に入り大師寺を開山
法号は真浄法尼、当時彦根に真言宗の信徒は少なく、
 弘法大師の霊徳を知る者は殆ど無い中、92歳で入寂するまで多くの衆生済度の修行を実践、
彦根における弘法大師信仰発祥の寺院として今日に至る

この像は最後の仏師とも呼ばれた西村公朝の作(香積院天井画)で、この像を見に弟子も訪れるそうです 
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左の脇仏が「波切り不動明王」作者は不明ですが江戸時代に作られたものらしい
 しばらく座って脳裏に焼き付けていると、住職から「写真を撮っても構わない」からとのお言葉
「えっ?普通はお断りが多いのですが」
 「うちは多くの方に寝弘法さん知ってもらって訪れて欲しい」とか
「なんでこんな小さな寺にきたのか?」の問われ
 「観光化された寺社より小さな寺社が好きだから」と答えると
「最近訪れたイギリスの方もあんたと同じような事言ってはったワッハハ」
 愉快な住職とお話しする事を目的にして訪れるのもいいかも
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住職の説明から
 「寝弘法さん」の頭の部分には京都東寺よりお分けいただいた「お舎利さん」(お釈迦様のご遺骨の一部)が奉納されているそうです
 思い出せなかった紋、東寺で見た紋である事を漸く思い出す・・・・・すっきり

「南無大師遍照金剛」とお唱えしながら、寝弘法さんの頭や体を撫でお願いをするとご利益があるといわれます
 私も頭を撫でさせて頂きました(・・・・・ボケませんように)
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堂内に掲げられた額と正面並べられた大黒天の像
 寺が元々祀っていたのは黒光りした大黒様、他は信者からの寄進だそうです
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真浄法尼と東寺のつながり等、昭和になり創建された小さなお寺でありながら
 見所の多い寺だと思います
個人的な感想になりますが、訪れて良かったと思う寺の一つです

『大師寺』
宗派 / 真言宗東寺派
本尊 /  弘法大師
創建 / 1931年(昭和6)
住所 / ​滋賀県彦根市佐和町7-19
大師寺URL
アクセス / 
電車 東海道本線彦根駅下車 徒歩5分程
車 名神高速道路彦根IC より2km    

滋賀県長浜市田村町『田村神社』
 
 西に琵琶湖が間近に迫り、遠景を遮るものはなく
東に伊吹山が聳える古い街です
 名古屋からのんびり90分程のドライブです
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田園地帯を北陸本線が走るのどかな風景が広がります
 県道の左側に檜皮葺の重厚な神社が見えてきます
鳥居前を左折、神社と隣接する田村公会堂に車を駐車

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公会堂脇の桜の下に小さな祠と傍らに地蔵が祀られています
 風化して表情は覗えませんが、両手で何か抱きかかえているようにも見えます
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県道から見える田村神社
 鳥居脇は満開の桜に彩られ、ひと時の華やかな季節を迎えていました
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社号標は1906年(明治39)
 先に見える道路が県道556号線
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鳥居前から境内全景
 地元のおばあちゃん、日課のお参りですね
真っ直ぐ伸びた参道の先、檜皮葺の拝殿が鎮座します
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鳥居の左に手水舎と織田瓜紋の入った手水鉢
 その裏が公会堂になります、春休みの子供達には集いの場となっています
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手水舎に掲げられた由緒書き
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拝殿正面全景
 県道脇に鎮座していますが、交通量も少なく静かな境内です
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大振りの狛犬 
 眼光鋭い凛々しい顔つきをしています
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拝殿右から側面全景
 袴が施され、堂々とした容姿
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入母屋造の拝殿
 煌びやかな飾りのない、重厚で落ち着いた趣を感じさせます
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中門と透塀
流造で檜皮葺の本殿、煌びやかに輝く飾りはないものの
破風や虹梁を含めた細部には、見事な彫刻が施されています
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本殿前景と側面からの眺め
 見事な曲線を描いて流れる屋根勾配は美しい
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拝殿から本殿全景(上段)
 透掘に囲まれた本殿から拝殿、鳥居を望む
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『田村神社』

創建 / 年代は不詳
由緒書きによれば
1018年(寛仁2)に当地に多田幸寺を創建の時、僧源賢が四隅に四天王を奉斎して守護神とした
 当社はその坤方の一社と伝えられる
戦乱のため荒廃した社殿を後陽成天皇(1571年~1617年)の御代に当地大雲寺中興の僧祐海が、
 古の社地に再建、現在の本殿は1800年(寛政12)に建築された
 往昔は天王宮と称したが、1870年(明治3)素盞鳴尊社と改称
その後に土地名に因み田村神社へ改称

祭神 / 素盞鳴尊
所在地 / ​滋賀県長浜市田村町733
アクセス 車 /
 東名高速名古屋I/C⇒名神高速⇒北陸自動車道米原I/C⇒国道21号線⇒国道8号線⇒県道242号線⇒県道556号線⇒田村

電車 /
JR北陸線田村駅から徒歩約10分

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