尾張のおじさんblog

こんにちは 地元名古屋を中心に身近な神社・仏閣、地元の歴史や街並みを紹介していきます

2018年07月

瑞穂区大喜町
太古のこの地は西に海辺が迫り、東の瑞穂台地の麓に当たる場所

田光八幡社から西方向へ歩き、2本目の細い路地を左折します
細い路地を5分程歩いた左側に秋月院は鎮座します
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秋月院山門から本堂全景
本堂はコンクリートの高床の上に建てられています
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弓頭山秋月院
宗派 / 曹洞宗

近代的な本堂の造りに比べ、木造瓦葺きの山門は浮いた印象を与えます
歴史は古く「尾張名所図解」に記述も残り、創建は1598年(慶長3)と伝わります
織田信秀の家来で小豆坂七本槍の一人と数えられた「中野又兵衛尉重吉」の妻で、「今川氏豊」の娘により開基されたと云われます
寺号は妻の法名「秋月院殿花顔桂秀大姉」を寺号とし、山号は又兵衛が弓衆を統率する立場だったことから付けられたといわれます
元は熱田神宮の東の田島に創建され1938年(昭和13)この地に移転したもの
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山門左に碑が並びます

左の碑は「秋月院」の「へその緒」を祀ったもので、1596~1615年(慶長年間)に建立されたと伝わり、秋月院では最古の碑とされるものです
右が「子安地蔵」地蔵自体は結構な年月を重ねているように見えます
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山門扉に金色に輝く五七の桐紋
この寺紋の由緒、調べて見たが分からなかった、今川家の家紋でもありますが
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山門扁額の崩し字、達筆すぎて読めない
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シンプルな彫飾りの虹梁と軒下の母垂木の木組みも美しい
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山門の石段の先が寺務所になるようです
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寺務所扁額・・・・・崩し字検索サイトもヒットしない、お寺に教えを乞う事にしよう
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本堂右の水かけ龍上観音菩薩
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龍をあしらった鉢の上に水が満たされ、観音様が祀られています

三十三の姿に変え、慈悲と知恵により人々を災いや煩悩から救う観音菩薩、悪運を断ち幸運を招くと云われる龍神、両者が一体となった「龍上観音菩薩」です
石の色が示すように建立は新しく、2017年に寄付されたもの
山門横の「秋月院」の「へその緒」の碑と子安地蔵、以前はこの場所に祀られていたようです
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入母屋の本堂全景
近年改修された新しいもの、この位置から屋根を眺めると入口に向け流れる様は綺麗なものです
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本堂に掲げられる山号扁額
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本尊 / 愛敬薬師瑠璃光如来、 脇仏 文殊菩薩、普賢菩薩、十二神衆等 (本尊は弘法大師作と伝えられる秘仏)
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イベントや体験教室等、新しい取組を行っているお寺です、一度参加してみる事にします

秋月院
住所 / 名古屋市瑞穂区大喜町1-28
℡ / 052-881-9541
アクセス / ​市営地下鉄桜通線「瑞穂運動場西」から田光八幡社経由で徒歩20分程​    

瑞穂区大喜新町「田光八幡社」
熱田神宮からほぼ東に位置し、瑞穂台地を東西に横切る山手グリーンロード沿いに
傾斜地を削り造成されたような敷地に「田光八幡社」は鎮座しています
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神社へは一本南側の街道の面影が漂う路地を東に進みます
街中にしては立派な木々が茂る一画、田光八幡社鎮守の森が左に見えて来ます
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田光八幡社全景
左に赤い鳥居と右に石鳥居を構えます
境内では近隣のじっちゃん、ばぁちゃん方が集まり、境内の清掃をしながら井戸端会議や猫の餌付けの真っ最中でした
神社を中心とした人のつながりが感じられる良い光景で、好きな光景でもあります
そんな中をお邪魔し境内へ
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鳥居には橘の神門が刻まれています
鳩の多い神社の印象です、境内、注連縄、扁額の至る所で鳩がくつろいでいます
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鳥居左に由緒書が掲げられています
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先程まで参道にいた鳩も見知らぬおやじが訪れた事から一斉に消え失せた
真っ直ぐ伸びる参道の両脇には樹齢を重ねた大木が聳えます、その先に二の鳥居と拝殿が見えます
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二の鳥居の左に手水舎、天然石を彫り込んだ手水鉢、龍がいい仕事をしています
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境内全景(2枚の合成)
左は田光稲荷大明神、右側に社務所、正面の拝殿とその右に見える小さな切妻屋根の建物が田光白竜社
狛犬は子持ち、球持ち、吽形の狛犬の後ろの木は「和合の木」
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拝殿正面
橘の紋が入った提灯と立派な注連縄で飾られた拝殿
由緒 / 社の由緒によれば熱田神宮の神官守部公彦正の創建と云われる
創建  /  782年(延暦元年)
御祭神 /   応神天皇・仁徳天皇・神功皇后
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大楠の枝が屋根を覆うように伸び木陰を作ります
シックな飾り金具と瓦で葺かれた落ち着いた佇まいは大楠が作る木陰の影響が大きいと思います
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拝殿右側の全景
左から田光白龍社と弁才天、その右に境内社が纏められ更に右側が東鳥居と手水鉢
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大きな御神木の楠木の前に田光白龍社(左)と弁才天が祀られています
社の前を良く見れば、へびです、蛇がこちらを見ています
苦手な奴です
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上段 白龍社のへびは重軽石なのでしょうか?、良くわからないので触るのはやめておこう
下段 弁才天の祠の中にも良く見れば色白のへびがいます(右下にアップを貼っておこう)
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上段 白龍社の右手にある八剱社(左)と白山社
下段 右が秋葉社、左の小振りな社が黒龍社
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弘法七本楠
1200年前この地を訪れた弘法大師は7本の楠を植えたと伝わります
熱田神宮へ5本、1本は古井の坂、ここ田光八幡社に1本植えられたと云われます
樹高40mを超える楠木の巨木で樹齢は1000年を超えると云われます
堂々とした枝振りは拝殿から本殿を覆い尽くす勢いです
根には白蛇が住むと言い伝えられ、今だ樹勢の衰えもなく聳え立つその姿は正に白龍社の御神体に相応しいものです
二の鳥居脇にあるやや小振りの楠(黒龍様の御神木)と共に市の都市景観保存樹に指定されています
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上段 白龍社後方の龍神池
下段 東鳥居の全景、住宅の続く細い路地に忽然と細い参道と小さな鳥居が現れます
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大楠を前面に拝殿から本殿全景の眺め
それにしても見事な巨木です、その枝は神社の上空を覆い尽くす勢いです
白蛇がいてもおかしくない、そう思わせる堂々とした立ち姿です
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上段 拝殿左に朱の鳥居と提灯建があり、参道は田光稲荷大明神へとつながります
下段 山手グリーンロードを背にして南を向いて祀られる社
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田光稲荷大明神の左に手水鉢が置かれています
上段の手水鉢は4隅が窪んでいますが杯状穴の名残りでしょうか?
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上段 田光稲荷大明神の左にも奉納幟が並ぶ参道があります
下段 参道は左に折れ、巨木の陰に隠れる様に東を向いて祀られるもう一つの社があります
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二の鳥居の左で参道を覆う様に聳える「夫婦和合の木」

欅(けやき)と椋(むく)でもともと別々の木が成長の過程で一つに融合した老木を指します
案内板によると作法にのっとり、願を掛ける事で子が授けられると云われ、更に夫婦円満、浮気封じ
と御利益がある優れものです
境内にはこの他にも二の鳥居の手前に「黒龍様の御神木」もあり、こちらは体を御神木に寄せる事で
体の痛い部分が治癒すると云われる古木があります、こちらも宜しければお試しください
樹齢は不明ですが、潮騒の聞こえる瑞穂台地に古くから根をおろし、その根は一部が朽ちかけているものの田光八幡社と共に時を重ね、この地の移り変わりを見てきた生き証人達です
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参拝を終え帰りの参道で出会った鳩と猫たち
じっちゃん、ばぁちゃん達は去り、おっちゃんに触らしてくれるのかな?
その耳、警戒モードにはいっているな

神社があり、老木が木陰を作る、そこに人が集い、動物が集まる、私が好きな神社とはそうしたものです
そこに社格は影響しません
こちらの神社を訪れ改めてそう感じます
2018/07/22

住所 /  名古屋市瑞穂区大喜新町3-23
アクセス /  ​市営地下鉄桜通線「瑞穂運動場前」から徒歩で西に約15分

津島市今市場町1丁目
津島市内を東西に走る県道68号線、今市場町2の交差点を過ぎ、西方向の天王川公園方向に歩きます
県道沿いにの右側に「大圡社」は鎮座します
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右は低層のビル、左は民家に挟まれる環境の中に、石鳥居と社号標
真っ直ぐ伸びた参道の先に拝殿が見えます
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大圡社社号標、土ではなく圡、「、」が付いています
馴染みのない字です
津島市内を散策すると、各町毎に右の写真の様に町名の由来が書かれた解説板があります
訪れる観光客には嬉しい配慮がされ、地元の歴史を語り継ぐ良いツールだと思います
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鳥居を過ぎると苔むした子連れ、球持ちの狛犬が見つめ合っています
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コンクリートの参道の先に唐破風を施した入母屋の拝殿まで進みます
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拝殿から社殿の眺め
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社殿前の狛犬
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拝殿から流造の社殿は渡廊で結ばれています
一見地味なトーンで彩色された社殿ですが、大棟の瓦など所々に艶やかな彩色が施されています
過度な彩色や飾りのない落ち着いたものです

大圡社は「津島神社」の境外社
創建 / 不明、古い祭礼図から1781年(天明元年)以前に遡る
御祭神 / 大土御祖神
末社 / 石神社、琴平社
この二社、元は今町辻に鎮座していたが1910年に焼失、1914年にこの地に遷座したもの

大圡社祭礼
約300年前に始まったといわれる尾張津島秋祭りの一つとして、10月第1日曜日と前日の2日間にわたって開催されます、見所は、からくり人形をのせた山車
七切、向島、今市場、神守の4地区から、100年以上の歴史を持つ16台の山車が曳きまわされます
それら全てが文化財に指定されているそうです
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お隣の延命寺参道側から見た境内全景
社殿の裏側にはおもかるさんと呼ばれる、さすれば子宝に恵まれる重軽石もあります
津島詣でマップ
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拝殿唐破風と社殿の屋根、妻飾りが・・・・・落ちそう
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大圡社の東隣りには延命寺への細い参道が続きます

大圡社
住所 / 津島市今市場町1丁目
アクセス / ​名鉄尾西線津島下車徒歩10分程

奈良県宇陀市室生

 20代、当時まだ独身だった頃、四季を通じて通い詰めた地方です
室生寺はその中の一つ
 あれから数十年、かみさんと二人で久し振りに訪れる事になりました
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太鼓橋に向かう道筋、いつ来ても賑わっていた記憶があったが
 石楠花の時期を迎え参拝する方は意外と少ない、鄙びた雰囲気がする
苔生した緑の石垣、芝桜の色が鮮やか
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太鼓橋の前の雰囲気は当時のまま
 室生川に架かる太鼓橋、架け替えられた様です
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太鼓橋を渡ると室生寺境内
 女人高野室生寺、女性的な優しさと美しさを感じる寺です
 
 訪れた4月20日、室生寺は工事中でした
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寺号標を右に進むと仁王門に至ります
 工事看板が立ち並ぶ
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室生山の扁額と仁王像 
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境内から見た仁王門
 紅葉の頃はきれいな場所です
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仁王門の左にある梵字池
 周囲の紅葉や石楠花と仁王門が水面に写り込み美しく見える場所です
石楠花の見頃にはまだ少し早い様です、やはりGWでしょうか?
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記憶は曖昧ですが、以前ここに手水鉢があったかな?
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鎧坂左の梵字池とその先には弁財天が祀られる
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鎧坂
 ここからが奥ノ院まで続く石段の始まりです
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鎧坂を登ると境内が広がります
 正面が国宝の金堂(国宝・平安前期建立)、左が現在修復工事中の弥勒堂(重要文化財・鎌倉時代前期建立)、右には天神社が配されています
金堂の高床部分は江戸時代に入り増築されたもので、それ以前は境内から内部が拝めたと云われています
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石段を登り本堂から眺めた金堂の全景
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金堂扁額
堂内には
 左から十一面観音立像、文殊菩薩立像、本尊釈迦如来立像、薬師如来立像、地蔵菩薩立像並び祀られ
像の手前には十二神将立像が立ち並びます
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境内右の天神社拝殿
 こちらの拝殿、当時(1980年頃)には見覚えが無かった気がします
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天神社拝殿脇の岩に彫られた不動明王
 陰影によって浮き立つ表情は今も昔のまま
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室生寺本堂(灌頂堂)
 国宝で1308年(延慶元)の建立、入母屋の屋根勾配の美しさは今も変わりません
雪の降る中、屋根が描く曲線のシルエットは何故か引き付けるものがあります
 曲線フェチはここから始まったのかも 
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本堂扁額
 本堂もぼちぼち化粧直しが必要か
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石楠花と本堂
派手な飾りはないけれど、周囲の花や木々が演出する四季の折々の彩こそ室生寺最大の装飾です
 随分朽ちた印象の本堂
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五重塔
  国宝(奈良時代後期)
四季を通じ表情を変えます、今の時期は石楠花で彩られ華やかな時を迎えます
 早朝から大勢のカメラマンが三脚をセットし陣を構えたものですが
今はどうなんでしょうか? 
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4月の室生寺はハナズオウと石楠花が美しい時期を迎えます

 この塔は1998年の台風7号で傍らの杉が倒れ、塔の屋根に大きな損傷を与えました
しかし、その後2年に渡る修復作業で当時の優美な姿を取り戻しました 
 背景の杉をバックに深々と降りしきる雪の中、下のアングルで撮ると邪魔な枝があったと記憶します
(昔のスライドを引っ張り出して見るか)
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五重塔の左、奥ノ院に続く参道脇にある地蔵群
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五重塔右の山肌に祀られる修円僧都の廟
 平安前期の法相宗の僧で、室生寺の創建に尽力した修円僧はここに眠ります

この祠があまり記憶に残っていない
 概要不明、マムシ注意の看板は好まない
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五重塔から奥ノ院の看板に従い参道を進みます
 年月を重ねた杉の大木に囲まれた参道を歩き奥ノ院を目指す
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朱色の橋を渡り、軽く石段を登った先にある手水鉢、こちらで清める
 水は前を流れる沢から引いているので時に枯れる事もあるそうな
ここから石段も本番
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橋から先は急勾配の石段が続きます
 足元から視線を外すことなく、石楠花や石像を見ながらゆっくり登る
上は見ない方がいい、必ず石段は終わりを迎えます
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石段に明かりが差し込む
 見上げるとそこには常燈堂を支える巨大な束が聳える
ここまで来れば奥ノ院も間もなく
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常燈堂を支える束組みからは、あたかも黒塗りの額に入れられた一枚の絵のように室生の新緑が見えています
 ここまで登ってきたご褒美ですね、あと少しの辛抱です
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石段は無くなり境内が広がります、奥ノ院到着です
 正面が札所、左に御影堂と更に左には七重の石塔
下が常燈堂(位牌堂)
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見覚えのある奉納額も随分と色褪せたものです
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常燈堂の回廊から眼下に見える室生の街並みと室生川
 これだけ登ったんだよね
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御影堂(太師堂)
  鎌倉後期の建築と云われ、重要文化財に指定されています
弘法大師を祀る堂としては日本最古のものと云われます

 御影堂の左に諸仏出現岩と呼ばれる岩場があり、その頂上に七重石塔が建っています
御朱印も頂いた様です、さてと下界に戻りましょう
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下りは要注意
 手摺を持って確実にゆっくり降りて行こう
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奥ノ院から降りてくると陽射しは暑く感じられます
 梵字池から護摩堂へ
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本坊と書院

慶雲殿
無事に下界まで戻ってこられました
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弥勒堂修復工事の解説
 土台が朽ち果て、建物全体を持ち上げての大改修中
屋根は桧皮が剥がされ梁だけになっています

室生寺の案内板と周辺地図

室生寺(室生寺縁起より抜粋)
 寺伝によれば奈良時代、天武天皇の発願により役小角が創建
後に空海が真言宗の道場の一つとして伽藍を整備再興したと伝わる
 777年(宝亀8)、山部親王の病気平癒を願い、興福寺の大僧都賢璟ら浄行5人が室生山中で「延寿法」を修したところ病気は回復したと伝わる
その後、天皇の命を受けた賢璟は、室生山寺を創建を任されます
 創建の実務は興福寺出身で賢璟の高弟、修円が務める事となる
修円は比叡山延暦寺を開いた最澄や高野山を開創した空海と並び、当時の仏教界を指導した学僧
 以来、室生寺は法相宗を始め天台・真言・律宗の各宗兼学の山林修行の道場として独特の仏教文化を形成、その一つが女人禁制の高野山に対し、室生寺は女性の参詣を許しました
「女人高野」と呼ばれる由縁でもあります
 平安前期を中心とする多くの仏教美術を継承しています

現在境内で工事が行われていますが、その一つに室生寺が所有する国宝や重要文化財を保管する「宝物館」も含まれているそうです
 完成の暁には訪れたいものです

創建 / 681年(天武9)
宗派 / 真言宗室生寺派
本尊 / 如意輪観音坐像
国宝 / 五重塔、金堂、本堂・・・・・
重要文化財 / 弥勒堂、御影堂・・・・・
住所 / 奈良県宇陀市室生78
アクセス / ​東名阪自動車道⇒名阪国道経由小倉より県道 約2:30分
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本堂御朱印
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奥ノ院御朱印

さあ、通り道にある大野寺の磨崖仏も訪ねよう!
 うお座「寄ってもいい?5分だけだから」
さくら「・・・・・少しなら」



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