尾張のおじさんblog

こんにちは 地元名古屋を中心に身近な神社・仏閣、地元の歴史や街並みを紹介していきます

2019年10月

ついこの間までは夏物か秋物か、羽織るものが決まらない陽気でした
それも嘘のように涼しくなりました
なぜか寒さを感じるようになると恋しくなるのは温かいラーメン
かみさんがズ~~ット「行きたい」と引きずり続けていた「らぁ麺 飛鶏」に行ってきました
所在地は春日井市御幸町
国道19号線で庄内川を渡り春日井市に入り「勝川町西2丁目」の信号左折して直ぐのところにあります
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店舗のすぐ北側を地蔵川が流れ、南には地蔵ヶ池公園がありその一画には​勝川天神社​もあります
地蔵川の由来は勝川天神社に少し書いてあります
なんとなく歩いた事のある場所です
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店舗全景、県道162号線の北側に小さな飲食店が軒を連ねる
「らぁ麺 飛鶏」は一番右の店舗です
店舗前はこの飲食店の共同駐車場
大半は飛鶏を訪れた客の車ばかり?
雨にも負けず店舗前で傘を差し列をなしています
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 こちらのお店、2019ミシュランガイドのビブグルマンで春日井で唯一掲載されたそうです
あまり興味のないミシュランガイド、ビブグルマンとは?
「価格以上の満足感が得られる料理、 良質な食材で丁寧に仕上げており、5,000円以下で楽しめる」
そうな
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店内へは店員が呼んでくれるシステムではなく、店内から出たら、出た分入るシステムの様です
店内左の食券機で買い求めて店内の長椅子で更に待つ、その間に店のタイミングで食券を受け取り
調理に取り掛かっているようです

何にしようかなと「私は鶏白湯そば全部乗せ」、普段悩んで決めれないかみさんが早々と宣言
濃厚白湯があるようですが、ちなみにこの日は完売
(おっさんも白湯だったけど・・・・・同じじゃァネ)
おれは店一押しの「鳥そば大盛り」がいい、チケットを買い求めあと少し順番を待ちます
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店内はカウンター席のみで、対面(間仕切りあり)のカウンターで10名くらい?
キッチン前のカウンターで5人くらいでしょうか
対面カウンターに通され、らぁ麺が出てくるのを待つ
ミシュランの盾がさりげなく飾られています
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思いはあるが、やはり初めてのお店では「おすすめ」から行くべきだろう
スープも麺もこだわっているようです、どんなお姿か楽しみです
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 おっさんの「鶏そば」のお出ましです
ほんのりと三つ葉の香りが漂う
低温調理で作られた鮮やかなピンクのチャーシューと鶏チャーシューが乗り、メンマと三つ葉の緑がアクセントになっています、女性的で上品な見た目

醤油ベースのスープということでクリアな琥珀色、そのスープに鶏油が浮かびます
それでは頂きます、以下は個人の感想
スープは鶏の香りとうま味が凝縮された上品な醤油のうま味と相まってとてもおいしい
醤油ベースはともすれば醤油辛い印象があるけれどそれは全く感じません
麺は中太のストーレートでチュルチュルと喉越しがいいけれど、もう少しハードな麺が好みなので、麺が柔らかく口に入った時の主張が弱い
チャーシューとスモークのかかった鶏チャーシューはとても美味しい、気に入りました
醤油と鶏の香りが漂う中にほんのりと三つ葉の香り、和のテイスト満載の上品な鶏そばです
5点評価で3点
醤油大好き派にはたまらない一品
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かみさんオーダー「白湯鶏そば」
スープは鶏の旨味を凝縮したもので煮卵の黄身が混ざるとカルボナーラの様な味わいがあります
やはりこっちを食べてみたかったナ、次回は濃厚鶏白湯味わってみたい
個人的なスープの評価は3.5点、麺は食べていないので感想・評価が書けない
かみさんは大絶賛

総評としては、さすがミシュランに掲載されるだけに、価格以上のクオリティーがあります

「らぁ麺 飛鶏」
春日井市御幸町3-4-6
鶏そば 680円~
鶏白湯そば 800円~
営業時間 / 11:30~14:00 18:00~20:30
定休日 /  月曜夜 、火曜、木曜の夜

名古屋市港区東築地町2

名古屋の海の玄関先は明治中頃までは熱田港でした
あゆち潟は海運から見ると厄介な存在、大型船は乗り入れ出来ず
四日市で一度荷物を降ろし、小型船に載せ替え熱田港へ回送していたそうです

そうした欠点を解消すべく名古屋港開港に向け開発が高まり、1898年(明治31)に浚渫が始まり、1907年(明治40)に待望の名古屋港の開港、1910年に一期工事は完了します
その後も開発は続き1910年には築地が誕生、1号地から4号地を築地、堀川の東対岸にあたる5号地は東築地として整備されます
人が集まれば氏神が祀られていきます
築地にある築地神社は、1938年に熱田神宮から運ばれた御神体を祀り、名古屋港の総鎮守社として創建されたもので、築地と名の付く神社は築地神社と築地口神社、東築地神社の三社があるようです
今回は築地の東にある「東築地神社」を参拝します
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明治初めの地図には、鳥居マークどころか築地や東築地自体が海となり記されていません
上は昭和初めのこの地と現在を比較して掲載します
以降の地図では工場の拡張などの影響からか鳥居のマークの位置が変わっています
つい1世紀ほど前は海面下だった地域の歴史が始まります
地図上には既に跡地となった名古屋教育水族館も記されています
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神社の周辺は、すぐ南に国道23号線の高架、その先は堀川に架かる港新橋、右手は市営東築地荘
世代も代わり、かつて海だった事が少しづつ意識から薄れていくのかもしれません
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開発で海を埋め立て作られた境内に、小さいながら杜が出来ています
東築地神社社務所(右)と境内の全景
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コンパクトな境内は鳥居の左に手水舎、正面の参道の先に本殿、両脇にそれぞれ参道が出来ています
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手水舎、清水は注がれていません
社号標には1933年(昭和8)と記されています、この他の狛犬台座、金比羅社社標ともに同一年代
ここに落ち着いたのがこの年なのかも知れません
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神域正面の本殿と両脇の小社の他、右に稲荷社、左に金比羅社の5社が祀られています
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東築地神社の狛犬
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 本殿前の扉に金色の五三の桐紋が施されています
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両脇の社の詳細は分かりませんが、華やかな飾り金具が施されています
参拝させてもらいます
この神社の創建、祭神について語る案内板は見当たりません
築地神社を訪れた際にこちらの由緒など尋ねてみようと思います
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右手の参道は寶徳稲荷大明神
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 寶徳稲荷大明神の狛狐と社全景
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 左手の参道は金比羅大権現に続きます
埋め立て後に植えられた木々、しっかりと根を下ろしています
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金比羅社全景
左側と後方は車道に接し、歩道から境内社の全景が良く見渡せます
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金比羅社から見た本殿域
境内は氏子の方々により綺麗に手入れされ、通りすがりに参拝に訪れた者にしてもありがたいものです
土地の方々にどれだけ大切にされているかが見て取れます

新しい町に神社を祀ろうとした思いは代を変え伝承されていく
神社は歴史や格式以上に人との結びつきが一番重要だと感じています

東築地神社
創建 / 不明
祭神 / 不明
住所 /    名古屋市港区東築地町
アクセス /   ​名鉄常滑線「道徳駅下車」西へ30分
       市営地下鉄名港線「築地口」下車東へ30分

長野県諏訪郡下諏訪町 諏訪大社下社春宮
諏訪大社二日目は参道の大鳥居の手前に建つ石燈籠から始まります
燈籠前の県道184号線は、春宮大門の信号待ちで通勤の車が列をなしています

車窓から見れば、朝っぱらから燈籠を眺める二人連れは異様に映るかもしれません
この石燈籠から北に大門通りを経て春宮、そこから旧中山道を経て秋宮、秋宮から大社通りの西にこの石灯篭
それを線で結ぶと三角形になり、その一辺の長さがほぼ八丁(872㍍)となるため三角八丁と呼ぶそうです
秋宮と春宮の分岐点ともいえるようです
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車窓からの視線を感じながら石燈籠をじっくり見させてもらいます
この燈籠、よく見れば中台部分の四隅に茶系の握り拳大の飾りが付いている事に気が付きます
注視してみると、それは獅子頭の様にも見えます、あまり見かけた事のない飾りです
この部分だけ石質が違う様です
解説によれば「1829年(文政12)に山田金衛門の名作‣・・・・市街化に伴い地元有志により現在地に移動」との事
傘の反りが描く曲線は美しいものがあります
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大門通りの交差点に立つ石鳥居、春宮はここから8丁先ということです
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大門通り沿いの矢木町会館で見かけた「矢木神社」、
4本の御柱に囲まれた小さな社です
由緒碑より
「祭神は八杵命と申す、諏訪明神のお子様で、特に信濃國の開拓に功績のあった十三柱のお一人である
北方に神陵がと伝えられる神跡があり、近年まで矢木九町と云われた大郷はご神威のほどを忍ばせるものがある」
祭神 / 八杵命・創建 / 不明
住所 / 長野県諏訪郡​下諏訪町矢木町
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意外に交通量の多い大門通り(184号線)、その先の道路中央に注連縄の飾られた建物と鳥居が見えてきます
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道路中央で車線を分けるようにして立つ「下馬橋」
諏訪湖に向けて緩やかに下る大門通りの鳥居の前に建ち、綺麗な曲線を描く木造の屋根付きの反橋
現在は暗渠になり直接見ることはできませんが、その下の御手洗川の上に架けられています

その昔、殿様でも参拝時にはここで馬を降りなければならない場所であったためこの名が付いたと云われ
太鼓橋とも呼ばれるようです

1578年(天正6)の造営帳にもその記録が残り、元文年間(1736~1740)に改修されているようです
諏訪大社の中では最も古い建築とされ、宮大工の三井伝左衛門の手によるもの
住所 / 長野県諏訪郡​下諏訪町大門
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下馬橋から鳥居方向に向かう県道の左側に手水舎
手水鉢には御神紋の四本の根の諏訪梶
正面には社号標と石鳥居、漸く境内が見えてきます
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 この石鳥居は「春宮の大鳥居」と呼ばれ、1659年(万治2)の建立と云われ
石造物では諏訪大社最古とされ、建造にあたっては神社西側にある「万治の石仏」の伝承も生まれています

鳥居前はあくまで一般道、なので結構なスピードで車が行き交います、後方と左右は要注意です
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鳥居をくぐり境内へ
大きさ、容姿ともに立派で凛々しい警護担当、見向きもしていない
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境内全景
正面の巨大な注連縄がかけられた建物は神楽殿
巨大な御柱は意識しなくても視界に入ります
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「神楽殿」
江戸時代前期の1681年~1684年に建てられた切り妻造りの建物
派手な飾り金具のない、木の温もりを感じるものです
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神楽殿横から幣拝殿・片拝殿の眺め
国の重要文化財に指定され、造営は下馬橋と同時期の1578年(天正6)とされます
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神楽殿左の「筒粥殿」
毎年1月14日の夜から15日にかけ、ここに神職がこもり粥を炊き、葦筒に入れ作物の豊凶と世の中を占う
下社特殊神事の一つ筒粥神事の神粥炊き上げが行われる場
内部の土間は江戸時代初期のものといわれます
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子安社
祭神 / 高志沼河姫神
建御名方神の母神の高志沼河姫神を祀り、底の抜けた柄杓はお産が楽にと安産祈願に奉納されます
昔から続くみしゃぐじ信仰、お産の守り神として今も親しまれています
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幣拝殿と片拝殿の全景
二層檜皮葺の唐破風が施された切妻楼門造りの幣拝殿と左右の片拝殿の姿はシックでバランスのいい美しさがあります
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 この幣拝殿は間近で見ると棟梁の腕の見せ所と云わんばかりに細部まで見事な彫が施されています
地元の宮大工柴宮長左衛門によるもので秋宮幣拝殿より一年早い1780年(安永9)に落成したそうです
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幣拝殿は春宮を柴宮長左衛門、秋宮が立川和四郎により建てられますが、同じ構造の社殿を作る二人の
匠は互いに腕を競いあったものと思います
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春宮参拝です
主祭神 / 八坂刀売命
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この先にある二棟の宝殿が見られる場所は見つけられませんでしたが
神明造りと云われ寅年と申年の年に左右の宝殿が遷座が行われるようです
御神紋の諏訪梶の根の数は下社では5本となります
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御柱
次回の曳行は2022年の寅年です
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結びの杉
一つの杉の株が途中から二手に分かれていることから夫婦に例えたもの
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神楽殿右の若宮社(左)と上諏訪社
若宮社
祭神 / 建御名方彦神別命・伊豆早雄命・妻科比賣命・池生神・須波若彦神・片倉辺命・蓼科神・八杵命・内県神・外県神・大県神・意岐萩命・妻岐萩命
上諏訪社
祭神 / 建御名方神 
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 上諏訪社後方から幣拝殿の眺め
宝殿の千木、鰹木の一部だけ見ることができました
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現在春宮の境内は社務所、トイレ等改修中
境内左てには工事事務所が立てられ、ビニールシートであちらこちら覆われ作業が行われています
下段の写真は工事事務所の陰になっていて帰りに気付いた建物ですが、詳細は不明
早朝に境内に入り時間が経つにつれ参拝客は多くなってきました
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 かみさんは御朱印を手に鳥居の前でスタンバイしています
春宮を後にして次に進むことにします
信濃國一之宮 諏訪大社 下社春宮
住所 /   ​長野県諏訪郡下諏訪町193

次の目的地は鳥居を出て右の浮島社を目指します
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鳥居からものの2~3分も歩くと、春宮の西側を流れる砥川に出ます
砥川に架かる赤い橋を渡った中洲に御柱で囲われた小さな社「浮島社」が見えると思います
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浮島社のある中洲へは砥川に架かる赤い橋を渡って行きます
訪れた10月初旬は川原の秋桜が咲き誇る時期でした
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・・・・・? 崩壊しそうとは、恐るべし犬の小水
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 中洲に渡った左側の川原に秋葉大権現の石灯籠
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 浮島社参道
この中洲は中之島と呼ぶそうで、どんな大水が来ても水が付いた事はないそうな
正面の赤い橋を渡ると「万治の石仏」に至ります
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浮島社
祭神 /  祓戸大神
住所 /  ​長野県諏訪郡下諏訪町大門
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橋を渡り右の小道を進んだ先の万治の石仏案内板とお参りの作法書き
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案内板から少し登ると視界は開け、小さな田んぼの先に大きな石が見えてきます

「春宮の大鳥居」の伝承に繋がるもので
石鳥居を作るためにこの石にノミを打ち込んだところ、そこから血が流れ出た事から職人達は祟りをおそれた
その晩、夢枕で「上原山に良い石材がある」という夢を見た職人達が探しに行って見つけた石からこの石仏を阿弥陀如来として祀ったのが始まり
石仏の背面にはその時のノミの跡が残ると云われていますが、それを見つける事は出来ませんでした
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一見モアイ像をイメージする素朴で温かみのある表情はとても印象に残る顔つきです
「万治」とは、この石仏に「南無阿弥陀仏 万治3年(1660)11月1日 願主 明誉浄光 心誉慶春」と刻まれている事から付けられたとされ、地名には石仏として残ります

諏訪を訪れた岡本太郎はこの像を見て絶賛した事から知られるようになり、それ以前は「阿弥陀様」として崇められてきたそうです、彼が絶賛したのも頷けるような気がします
この像の強烈な印象は小説家の新田次郎にも影響を与え小説にもなったようです
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石仏を一周
個人的に斜めから見た顔がとても印象に残ります
見ようによつてはスフィンクスのようでもあり、ネス湖の恐竜の様に見えないでもない
不思議な巨岩です
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万治の石仏に通じる砥川沿いに建つ岡本太郎揮毫の「万治の石仏」石碑
碑の裏には「峡の田に座して 石佛のどかなり 正人」と彫られています
まったくそのとおり
ここにいると時の流れが少しゆっくりと感じられます

万治の石仏
住所 / ​長野県諏訪郡下諏訪町東山田字石仏37

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信濃國一之宮 諏訪大社下社春宮
四社巡りも二日目にしてようやく三社参拝する事ができました
さあ次は秋宮をめざして旧中山道を東に向かいます

我が家のコキア
 今年は台風被害、異常な降雨もあったりと色付きが妙にムラムラで見苦しい
赤くなる前に枯れてきています
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そんなコキアにてんとう虫が盛んに・・・・・
 春と秋の二回が恋の時期らしい
家庭菜園をしていると、彼らは厄介者を食べてくれる益虫
 殺生はさけてやりたい
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コキアには夫婦以外にも彼らの卵や幼虫も見られます
 息子達が子供の頃、こうした幼虫を採ってきては成虫になるまで観察をしていたものです

下の黒い体でオレンジのストライプの入ったやつがてんとう虫の幼虫
 芋虫の様でブッキーな姿をしていますが、こんな姿で動きは以外に早く夫婦の様にじっとしていない

今年は赤くなりきるまえにコキアは抜取!と思っていたけれど
 こんなところでも次の世代を育んでいるのを見ると抜取は先送りの様です

たしか昨年はカマキリの卵で抜取が出来なかったような
それにしてもてんとう虫コキアに産卵したっけ?
ムラムラの紅葉を終え、みすぼらしくなったコキア、今しばらくこのままにするしかないようです

諏訪大社四社巡りも本宮と前宮でタイムアップ、予定外の車中泊決定
片倉館で温泉に浸かり車に戻る頃、そらは赤く染まっていました
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晩御飯食べに行こう🎵
周辺のお店は意外に日曜日定休のお店多いようなので、諏訪駅方向を目指すことにしました
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 チェーン店も複数ありますが、どうせなら地元のお店、しかも地元の酒が飲めるところ
ということでJR上諏訪駅東口前のいずみ屋で晩御飯(晩酌?)
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ビールで喉を潤し、さあ何食べよう?
定食も豊富にありますが、それほどご飯ものも食べられない
単品で地元の摘み中心でオーダー
川エビ、炙り酒粕・ねぎ味噌、揚出し、漬物、メインは馬刺し・・・・・

地元のお酒5種の飲み比べセット(辛口)を頼んでみた
我が家は辛口派、これを選んで見た

いつも感じるけれど、この日本酒度は我が家の味覚にはなじまない
期待して当たった試しがなく
甘辛さの指標として分かりやすいけれど、酒の甘辛さは日本酒度以外に酸度や糖度などの要素も感じ方に影響されます
セットの銘柄で我が家が好むすっきりした辛口で喉越しのいい銘柄は日本酒度+5の銘柄
しかも+5以上の銘柄には「これ甘口でしょう?」が1銘柄
日本酒度、あくまでも指標ですね・・・・・味覚音痴

それにしても銘柄を選ぶには有難いセットです
さあ、これで酒は決まった、後は日本酒度+5をひたすら味わうべし
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 メインの馬刺し
普段は好んで食べないけれど、ここの馬刺しを食べて印象が一変しました
まるで鮪でも食べているようです、当然お替りです、いずみ屋の馬刺しはおいしい
美味しいお酒と馬刺しを堪能させてもらいました

馬刺し 1,100円、川海老の唐揚げ550円、炙り酒粕・ねぎ味噌350円、揚出し豆腐 350円
飲み比べセット 630円・・・・・

いずみ屋
住所 / ​長野県諏訪市諏訪1-2-4
℡ / 0266-52-3267
定休日 / 不定休
営業時間 / 月~日、祝日、祝前日: 11:00~22:00

お腹も満たされ車に戻ります、途中のスーパーで地元のお菓子を買い求め、湖畔に戻ると対岸の街明かりのみです
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周囲は真っ暗、後はシュラフに潜り込んで、テレビでも見ながらお菓子と寝酒でも
・・・・・またも速攻爆睡
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 翌朝、湖岸通りの湖畔公園パーキング
数台いた車中泊組は既に次の目的地に、残っていたのは我が家だけ
パーキングには綺麗なトイレもあり、足湯も近いので車中泊には快適なロケーション
食事は近隣のホテルか目の前にコンビニがありました

若い頃はこうした場所でお世話になりました、最近はマナー(オートキャンプ場と錯覚?)の低下から車中泊禁止が増えているそうです、野山に入ればクマも出る?
10月初旬、外は長袖シャツ一枚では肌寒さを感じます
暖かいコーヒーでシャキッとさせて湖畔を散策

湖畔公園の畔に立つ八重垣姫のブロンズ像
「上杉謙信の娘八重垣姫と武田信玄の息子勝頼は、足利将軍の仲介で婚約していました
足利将軍が暗殺され、上杉家・武田家に疑いがかけられ、犯人を3年以内に見つけ出せなかった時は両家の長男は切腹を命じられていた
時は過ぎ犯人は見つからない、勝頼は切腹を命じられ切腹、悲しみに暮れる八重垣姫
実は切腹したのは偽者、本物の勝頼は謙信が返さない信玄秘蔵の諏訪法性の兜を取り戻すため、花作りに身をやつしその機を狙っていました
やがて八重垣姫もそのことを知ります、しかし謙信もその事を知り、勝頼に刺客を差し向けます
八重垣姫はそのことを勝頼に知らせようとします、女の足では刺客を追い超し知らせることはできません
諏訪湖は凍り、船を出すこともできません
そこで奥御殿に祀っていた諏訪明神の力が宿る諏訪法性の兜にお祈りすると、狐が現れ湖面に狐火が燃え立ちます、八重垣姫は兜を手に狐火に導かれ勝頼のもとへと急ぐ」
浄瑠璃「本朝二十四孝狐火の段」のあらすじです
諏訪法性の兜は実在するそうで、諏訪湖博物館に兜のレプリカが展示されているようです

湖畔公園
長野県諏訪市湖岸通り5-1
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諏訪湖に浮かぶ初島、その島に鎮座する初島神社
初島は1954年諏訪湖祭湖上花火大会の打ち上げ場として、諏訪湖東岸の諏訪市湖畔公園の沖に作られた人造島で、初島神社はその際に建てられた神社
周囲に柳の樹が植えられ、湖岸からも鳥居がよく見えます、そしてここにも御柱は立っています
御柱祭では湖上をボートに曳かれ御柱が渡るシーンが見られるそうです
祭神は諏訪大明神で子宝と安産の神として親しまれているそうです

初島神社
長野県諏訪市上諏訪中浜670番地202​​

さあ諏訪大社残り2社コンプリートを目指そう
2019/10/07

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