春日井市神領町『三明神社』
県道15号線志段味中学校西の交差点を左折、県道75号線(春日井長久手線)を経由し下志段味橋を渡ります。
庄内川を超え春日井市に入り神領町南の交差点を左折、一筋目を左に入ると杜が視界に入ると思います、その杜が神領町の「三明社」。
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 神領町公民館から見た三明社は広大な敷地の中に杜が残され、南向きに拝殿等の伽藍が広がる。
公民館の左の大きな解説板は神社の由緒が書かれているのではなく「神領第一号古墳」の解説板でした。
この解説板の後方の更地部分が神領1号古墳、コンモリ感がないので古墳の痕跡は残っていません。

過去より盛り土は取り除かれていたようで、平成に入り2回の発掘調査が行われ、横穴式石室と須恵器 の蓋坏・高坏などの埋葬品が発掘されています。
直径15mほどの円墳らしく、石室は発掘調査後埋め戻され、石室の場所を示す石組みが地面に並べられ、大きさを知る事ができるようになっています、広大な駐車場ではないのでご注意を。
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 公民館の右に参道らしき道筋があり、小社が二つ見える。
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 左の社は社名札はなく詳細は分かりません。右の灯篭の文字はしっかり彫られているが達筆過ぎて読めない。地名?ひなご、神領、篠木、しだみ・・・・・???想像すらできない。
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 参道の右の大きな樹の下にも年季の入った社がある。
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 札は掲げられ文字が書かれていた痕跡はあるが読み取れません。
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 公民館の裏からが参道のようで石鳥居があり、真っすぐに拝殿に繋がっています。
参道と思い込んでいた道は車も通る生活道路のようです、右手の堤が庄内川右岸堤防。
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 鳥居の扁額、なんとなく新しいような気がします。
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 両脇に常夜灯(大正2年)と参道中央にも一基の灯篭があり、それぞれ年代も違うようです。
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 参道左の立派な木、種類は分からないけれど若葉の緑がとても目に優しい。
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参道中央の灯篭の先が拝殿。
境内の右に三つの社が祀られているようです。
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 瓦葺切妻で妻入の四方吹き抜け拝殿、そこから渡廊を経て幣殿、本殿に繋がっている。

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 鬼飾りと虹梁下に十六葉の菊紋、龍の彫飾りが施されています、縣魚の鰭には雲?が彫られています。
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 拝殿後方の狛犬(1932年建之)。
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 拝殿内を見渡すも創建に繋がる記載は見当たりません。
祭神は伊弉册命、日本武尊、品陀和気命の三柱の様です。
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 常夜灯の建之が1913年とあったけれど、上の地図は左が1891年、右がほぼ現在。
1889年(明治22)に 大留村、堀之内村、熊野村、桜佐村、神領村が合併し雛五(ひなご)村となります。
この周辺の建物で「ひなご」と残るものはここから来ているのかもしれません。

地図には神領集落の北東の外れに鳥居の印が見られます。
ここの地名神領は「しんりょう」と読むことから、その昔は神に仕える神官が暮らしていたので「神の領」が縮まり神領と呼ばれたようです。今は「じんりょう」と濁るようです。
創建は更に遡り、尾張誌に「三明の社は、神領村にあり」と記されていることから、1844年(天保15)には既に何らかの形でここに鎮座しているのでは?
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拝殿右からの眺め。
緩やかに盛られた斜面に幣殿、本殿が建てられています。
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 拝殿右の三社は右の社は名札に「御嶽社」とありますが、他の二社は社名札がなく分かりません。
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 拝殿左の眺め。本殿左に社があります。
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こんもりと盛られた斜面に石垣が組まれ、その上に社と意味あり気な二つの石が左右に置かれています。
この社にも札はなく詳細は分かりません。
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 本殿を横から見ると流造なのが良くわかります。
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 本殿後方が小高く盛られている部分は、どうやらここも古墳の様です。
三明(さんめい)神社古墳と呼ばれ、直径約20㍍、墳丘の高さ3.4㍍の円墳。
神社は墳丘斜面を利用し建っている感じです。
この周辺には神領第4古墳(現存はしない)など、神社周辺は複数の古墳があったようです。

この辺りの神社、どうやら古墳がついて回ってくるようです。

春日井市神領町『三明神社』
創建 / 不明
祭神 / 伊弉册命、日本武尊、品陀和気命
住所 / 春日井市神領町屋敷田1032
公共交通機関アクセス / ​JR中央線「神領」駅下車、南へ15分程​​
志段味西新外「秋葉神社」から車のアクセス / 県道15号線⇒志段味中学校西交差点を左折⇒県道75号線、​庄内川を超え神領町南の交差点を左折、一筋目を左に​入る
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