兵庫県淡路市多賀『伊弉諾神宮』
古事記・日本書紀の冒頭に創祀が記され、国生み神話に登場する伊弉諾尊と伊弉冉尊を祀る日本最古と云われる神宮で淡路國一宮。
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 右に社号標と大きな石灯籠。
右の石灯篭には「修理」、左は「固成」と彫られ「つくり・かためなせ」、古事記の最初に出てくる言葉で、天の神様たちが伊耶那岐命と伊耶那美命に「国土をあるべき姿に整え(修理)、固め(固成)なさい」と命じ、天の沼矛を授け天の浮き橋から沼矛で下界をかき回し、沼矛の先から落ちた滴が島となり国生みの始まりとなった神話、その島がここ淡路島です。
国産み、神産みを終えた伊弉諾尊は、最初に生んだ淡路島に戻り幽宮を構え余生を過ごしたのが伊弉諾神宮の起源とされています。

一ノ鳥居は大きな石の神明鳥居、花崗岩で作られたものでは国内最大規模とされるそうで
阪神淡路大震災(1995年)で被災、その後再建されたという事です。
鳥居から石灯籠が続く真っすぐ伸びる参道、その先にニノ鳥居。

鳥居左の光景にご注目です。
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 鳥居両脇の狛犬
写真に収めた狛犬は大きさが掴みにくいかもしれませんが、前の写真で馬に乗り参拝される姿があります。数値より対比する事で大きさをイメージしてください。
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 灯篭が並ぶ参道は玉砂利が敷き詰められ、踏みしめる音は特別な空間にいる事を感じさせます。
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この右側に熊本産と淡路産のさざれ石が置かれています。
個人が抱くさざれ石は、小石が集まり固まりゴツゴツした典型的な礫岩のそのものでしたが多少イメージを改める必要がありそうです。
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ニノ鳥居から境内は広がりを見せます。
この先の放生の神池を経て、その先に正門が見えてきます。
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エリンギの様な灯篭と放生の神池に架かる神橋。
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 境内の伽藍配置図、右(南)から左(北)に進んでいきます。
エリンギのある放生の神池は配置図の中間にあたります。
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 神池の左に伊弉諾神宮由緒書き、右後方が手水舎になります。
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 切妻四脚の手水舎。
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 手水鉢に使われている石は大阪城築城に使われる目的だったようで、幕末の頃に郡家浦に沈んでいたものを引き揚げて鉢にして奉納されたものという。
その鉢には龍ではなく亀が清水を注いでいます。
神池に亀や鯉を見かけます、それは神事として病気平癒祈願に鯉を放ち、快癒に亀を放つ習慣があったことからで、そうした事もあるのでしょう。亀です。
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 放生の神池と水の神を祀る延壽之宮。
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 正門全景。
以前は随神門で三棟造りだったようですが、1883年(明治16)に建て替えられた檜皮葺の四脚の門です。

 門の手前は東西に脇参道が続きます。
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 正門から入母屋の拝殿の眺め、拝殿前を守護する狛犬は台座含めて身の丈程の大きさですが年季が入っているようです。
愛くるしい表情をしていますが、角も備えた小さくて頼もしい面々。

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 拝殿と扁額。
やたらと幟や神社庁推しの議員のポスターが目に付くのは気のせいか。
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 上
拝殿東から拝殿本殿の眺め。

境内から眺めた正門、授与所は左でその脇には百度石が建っています。

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 拝殿右に御神木の楠木、夫婦大楠と呼ばれ樹齢は900年を超えるそうだ、元は二株だったものが一株になり、そうした事から夫婦円満、子育て、長寿にご利益があるとされます。
県の天然記念物に指定されています。
鳥居の先の社は岩楠神社。
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 上
一間流造の岩楠神社
檜皮の様に見えるけれど色目が違い、檜皮葺ではないかもしれません、個人的に銅葺に比較すると好きな趣です。
この地方では初宮詣、七五三、神前結婚式、安産祈願のあとに詣でる神社のようです。
祭神 / 蛭子命

伊弉諾夫婦楠解説板
この樹は成長が早いのか、各地で見かける巨木に楠木が多い気がします。
枝の張りが良く、心地いい木陰を提供してくれる。
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 上
皇大神宮遥拝所。
この遥か先がお伊勢さん。
何処に行っても大体こっちが北で生きている者として、この方向感覚には頭が下がる。

東門
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 上
淡路祖霊社。
1875年(明治8)に創祀され、この地の英霊と神社祀職が祀られている。

拝殿右の神馬像と神輿庫。
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 上
神輿庫には摂社の濱神社の御旅所で毎年4月22日の例祭に使われる神輿が収納されているという。

黒光りした碑が建つ頭髪感謝之碑。
髪は神にも通じるという事から建てられたものらしい。
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 上
本殿右に位置する左右神社。
日が建っていないのだろう吹き替えられた屋根が綺麗。
伊弉諾尊の左目と右目から生まれた、天照大神と月読尊を祀り、目の病を改善してくれると云われ。
老眼とやや白内障に歳を感じる自分としてしっかりと拝んでおいた。

左右神社の後方にある、鹿島神社・住吉神社。
鹿島神社 祭神 / 建御雷神・経津主神
住吉神社 祭神 / 住吉三神
農業と武運長久を祈願し祀られたもの。

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 本殿裏の参拝所。
拝殿より間近で参拝することができます。
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 竈神社・根神社
酒造・醸造の守護神で災難除けと火伏の神として崇められている。
竈神社 祭神 / 奥津彦命、奥津姫命 竈の神様
根神社 祭神 / 須佐之男尊
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 本殿後方から幣殿方向の眺め。
檜皮葺で鰹木は6本、外研ぎの千木が施された三間流造で神門は菊紋。
本殿は1868年(明治元年)~1887年(明治20)にかけて伽藍整備が行われ、本殿は1876年(明治9)に竣功したもの。
この本殿の後背には、伊弉諾大神の神陵があり神代から禁足でした。
本殿竣功に続いて、神陵の墳丘を覆うように二重に基壇を設け、竣工後間もない本殿を神陵の真上に移築したのが現在の姿。1879年(明12)のことです。
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 少し拝殿方向に進むと幣殿中門と幣殿、本殿を見通すことができます。
本殿屋根は傷みが来ているのか補修痕があり痛々しい。
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 拝殿から幣殿本殿の眺め。
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 上
拝殿左の祓殿の眺め。

同じ場所から正門と東門の眺め。
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 上
参拝を終えて正門を東脇参道から西方向を眺める。

同東方向の眺め。
この東西の参道、秋祭りはここが馬場となり、流鏑馬神事が行われる。
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 神池に架かる赤い橋を渡り土産物屋方向に向かいます。
神池の傍に右の石灯篭(年号不明)と左上の石碑があります、碑には書かれた文字の内容は読み取れませんでした。
左下は陽の道しるべ
陽時計の先にある石碑には日本の国土が描かれ、伊弉諾神宮のある淡路島を中心に方位が描かれ、夏至と冬至の日の出と入りの方角に線が引かれています。
夏至の日の出は諏訪大社、日の入りは出雲大社、冬至は那智大社から登り、高千穂神社に沈むのだと解説されています。
しかも北は出岩神社、東に藤原京と伊勢内宮、西は対馬の海神神社が伊弉諾神宮を中心とした線の延長にあたるそうだ。
星や陽の運行から割り出した根拠のあるものの様だ、これは進んだ技術と知識に基づく航海術そのもの。
この神社配置が意図したものか偶然なのかは知る由もないけれど国造りの始まりの地、不思議があってもいいのかも知れない。
大体あっちで生きている自分とは明らかにできが違う。
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おや?
帰りも一緒の様だ、茫然とお見送りする子供の姿が印象に残る伊弉諾神宮でした。

『伊弉諾神宮』淡路國一之宮
創建 / 不明
祭神 / 伊耶那岐命、伊耶那美命
本殿 / 流造

境内社
 延壽之宮 祭神 / 不明
 岩楠神社 祭神 / 蛭子命
 淡路祖霊社 祭神 / 当地英霊、神社祀職
 左右神社 祭神 / 天照大神、月読尊
 鹿島神社・住吉神社 祭神 / 建御雷神・経津主神・住吉三神
 竈神社・根神社 祭神 / 奥津彦命、奥津姫命 ・須佐之男尊
 
住所 / ​兵庫県淡路市多賀740
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御朱印
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