尾張のおじさんblog

こんにちは 地元名古屋を中心に身近な神社・仏閣、地元の歴史や街並みを紹介していきます

カテゴリ: 少し遠出

追分から稲置街道を進み御日塚神社、三十三観音堂を経て10分程の場所に小さな観音堂を見かけ足を止める。
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 写真は街道から東の入鹿池方向の眺め。
田園の中を名鉄小牧線の車両が走り去る長閑な光景が見られる。
この辺りの住所は犬山市羽黒新田起シ 、名が示す様に江戸時代の新田開発によりできた集落。
この新田の灌漑用溜池として1633年(寛永10)に入鹿池が作られ、その水は麓の田畑を潤してきた。
この一帯は過去に洪水が多くの人命を奪っていきました。
洪水と聞くと木曽川と思うけれど、洪水の要因は入鹿池の堤が決壊した「入鹿切れ」によります。
満々と湛えていた入鹿池の水は破堤により一気に流れ下り、麓の犬山市、江南市、扶桑町、大口町、一宮など広範囲に大きな被害をもたらした。
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 上は「なごやコレクション」「入鹿池決壊図」より画像を引用させて頂いた入鹿池決壊時の周辺の被害を記録絵図。
破堤は1868年(明治元年)に起ります。
この年の長雨により破堤を回避する必死の応急対策も空しく破堤に至りました。
青い線は灌漑用の水路で黄色の線は街道で中央で二手に別れている場所が先に歩いて来た「追分」。
絵図には青く塗られた浸水域と各村毎の浸水水位、被害状況が記されています。
この被災地には災害で犠牲となられた方々の慰霊を弔う慰霊碑が各地に残り、過去の災害を風化させないモニュメントととして存在しています。
ここから近くの羽黒城屋敷にある「興禅寺」の境内には入鹿切れで流されてきた15tの巨岩が残され、碑とともに語り継がれています。

古い地名はこじゃれた地名に変り、こうした先人の教えともいえる碑は忘れ去られがち。
我家のある場所も古い地名から、ここがその昔とんでもない場所だったのか想像できる。
地名は変り、景観は変っても危害は今も変わらない。 
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 街道沿いに佇む小さな堂、その中には一体の如意輪観音像が祀られています。
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 頬杖をつき人々を救う術を考えている、そんな姿だ。
台座に明治、西國の文字が刻まれているが、そこから下は手前の板で遮られ読み取れない。
西國は恐らく西国三十三と彫られていると思います、入鹿切れ以降に安置されたもののようです。
街道沿いのこの場所から100年近くは行き交う人々を見守り続けています。
自分の中の煩悩を打ち消してもらいたいもの、手を合わせて観音堂を後にする。
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 観音堂から10分程北上すると五条川に架かる小さな橋に到着。
次の目的地は五条川の左岸の「尾北自然歩道」を遡る。
訪れたのは3月9日、桜は蕾も堅かった、今頃は桜も満開となり川沿いの光景もきっと華やいでいることでしょう。

「羽黒新田の観音堂」
徒歩ルート / 追分から​稲置街道を約10分
住所 / 犬山市羽黒新田起シ 
関連記事 / ​御日塚神社​、三​十三観音堂

何も変わらない宣言解除を受け3/23~24先送りしてきた、越中、能登、加賀の一之宮を巡ってきました。
名古屋発6:00高速に乗り東海北陸自動車道で一気に北上、南砺市を目指します。
今回も一泊二日の車中泊、装備もあれから追加、ナビ付TVが加わり、電気ケトル・電気敷布団、それと相変わらず敷布団は外せない。・・・・・避難民か
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ひるがの高原SAのコンビニで調達した朝食、大日ヶ岳を眺めながら屋外で食べる。周囲はまだまたフキノトウの時期だ、日陰には大量雪が残る朝食を済ませ再び高速を福光ICに向けひた走る。
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名古屋から約4時間で最初の目的地「越中國一宮 高瀬神社」到着。
ここまで山ばかりだった景観が開け、広大な田畑が海のように広がる砺波平野が現れる。
その海の中に小島のように見える杜が高瀬神社。
雪が残る山々を背景に鎮座する。
創建の年代は不明で、北陸平定を終えた大己貴命が出雲へ戻る時に、国魂神として自身の御魂をここに鎮めたのが始まりと伝えられ。
越中國一宮の一つ・・・・・ひとつ?
何と云うのかこの國には一之宮が複数ある、射水神社、気多神社、高瀬神社、雄山神社と一之宮の御朱印を集めるかみさんには納得できないものがあるようです。二宮・三宮ではいかんのかい。
雄山はともかく残りの三つの越中國一之宮は巡る予定。
「越中國一宮 高瀬神社」
創建 / 不明(伝)景行天皇年間 
主祭神 / 大己貴命  
住所 / 富山県南砺市高瀬291
これから桜も咲き、田植えも終わるとまた表情も変わる、今回巡った中では周囲の景観に佇む姿が一番印象に残る神社。
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さてお腹も空いた、車にはコストコ射水倉庫店でガソリン補給、身近な店の混雑状況と比較するとなんとも長閑だ、殺気立ったものはない。大食いの愛車にはコストコのガソリン価格が安いのは有難い。
車は燃料腹一杯、次は人の番、かみさん希望の「麺屋いろは」で富山ブラックラーメンを食す。
さぞかし醤油辛いと思いきや、意外にそれほどでもない魚介系の出汁、チャーシューもトロトロで麺は多少太くスープがよく絡む。おいしいですが最後の方は多少魚醤の辛さが気になる。
写真はランチセット、ひたすら炭水化物だ。
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次の一之宮は高岡古城公園に鎮座する「越中國一之宮射水神社」を目指す。
高岡古城公園は加賀藩初代藩主の前田利長公が築いた高岡城の城址を明治時代より公園として開放したもので、富山県指定史跡、国指定史跡に指定されています。
その中心の本丸広場に鎮座する射水神社は四季を通じて地元にのみならず多くの方が参拝に訪れる。
射水神社は、霊山である二上山そのものを祀る社であったと云われ、古記録に当社のご祭神は「二上神」と記されているそうだ。
神仏混淆が主流だった江戸時代までは、「二上山大権現」として崇敬され、その後、明治の神仏分離令を受け、二上神は瓊瓊杵尊として祀られるようになりました。
公園には護国神社や築城時の石垣も一部残り、今は膨らむ程度の桜の蕾も一斉に開いた時には見応えがある。
「越中國一之宮射水神社」
創建 / 不明
主祭神 / 瓊瓊杵尊
住所 / 富山県高岡市古城1番1号

公園内の護国神社を左に見て南の城下街を5分程歩いていきます。
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やがて左手に大きな大仏が現れます。
高岡大仏
高さ約16メートルの阿弥陀如来坐像で、日本三大佛に数えられ幾度も造立され、現在の物は1933年(昭和8)の造立されたもの。
1221年源義勝によって約4.8mの木造大仏が二上山の麓に建立され事から始まり、与謝野晶子が高岡を訪れた際に、「鎌倉大仏より一段と美男」と評したとも伝わり、端正な顔立ちの大仏さまです。
「高岡大仏」
住所 / 富山県高岡市大手町11-29
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曹洞宗高岡山瑞龍寺
加賀藩2代藩主前田利長公の菩提をとむらうため三代藩主利常によって建立された寺。
伽藍の多くが国宝に指定され、手前の山門もその一つ。
こちらへは麒麟茶屋の「麒麟焼き」が目的で寺は拝観せず、山門から境内を眺めてきました。

曹洞宗高岡山瑞龍寺
創建 / 1614年(慶長19) 
本尊 / 釈迦如来 
住所 / 富山県高岡市関本町35

まだ二社参拝する予定なので時間の都合で見送りましたが、余裕があれば見ておきたい寺です。
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越中國一之宮 氣多神社
地名に「一宮」と言う銘号が入るように、伏木はその昔国府や国分寺が存在した越中国の中心だった。
神社境内にも越中国総社跡の伝承地とする解説板が建つ。
一宮を称する4社の一つ。
気田神社一ノ鳥居付近の「気田神社の清泉」は地元の方が汲みに来るほどのもののようです。
龍口の右の看板がとても気になる、コロナ禍で参拝客は減り境内は彼らの生活圏になったか。

「越中國一之宮 氣多神社」
創建 / 757年(天平宝字元年)
祭神 / 大己貴命、奴奈加波比売命
住所 / 富山県高岡市伏木一宮1-10

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義経社
道の駅「雨晴」の前の海岸線の岩山に鎮座する神社。
源義経が奥州へ落ち延びる際、にわか雨に見舞われ、この岩の下で待ったという。
地名「雨晴」の由来となっています。
岩の下は波で侵食された岩が柱のように残り、それ以外は広間のようになっいて、雨をやり過ごし晴れを待つにはいい空間が出来ている。この岩の頂に鎮座するのが義経社。
鳥居を構え岩の頂に続く急な石段が付いている。
この一帯の海岸は雨晴海岸と呼ばれ、岩礁が多く白砂青松の景勝の地で、万葉集に「渋谿(しぶたに)」と詠まれ、日本の渚百選の一つでもある。「おくのほそ道の風景地」「有磯海」として名勝に挙げられている。
沖の小島は「女岩」と呼ばれ、周囲の小さな岩は母に連れそう子供のように見えることからこのように呼ばれるようです。天候が良ければ女岩と富山湾の先に立山連峰を望むことができる。
手前の線路はJR氷見線で、国道415号線脇の道の駅からだと海岸線を走る電車に踏み切りと義経岩、女岩の先に夕陽に赤く染まる立山連峰の絶景が見られるチャンスもある。

ここは人の出入りや行き交う車も多く車中泊には適さないかもしれない。
「道の駅雨春」
住所 /    富山県高岡市太田24番地74
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道の駅 氷見
今夜の宿泊地到着、この道の駅はすぐ近くにスーパー銭湯「総湯」や老舗の酒蔵「高澤酒造場」もあり、何より日立山連峰から上る朝陽が美しく見える場所。
しかも無料の足湯もあるので云うことなし。
ビール片手に車中を宴会兼宿泊モードに切り替え、散策がてら酒蔵に出向き土産用の酒を買い求める。
コロナの影響から試飲は当然なく、満を持して歩いてきても寂しい限り。
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二日目も快晴、いつものように日の出前から目が覚める。
富山湾の先の立山連峰が赤く染まり、ご来光を眺める、早起きのご褒美です。
手前の小島は氷見港に浮かぶ唐島。
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朝食は魚市場食堂
氷見魚市場の2階にある食堂で入口は分かりにくく、朝6:30から営業のはずなのだが「やってるよ」の看板も出ていない。扉を開け二階に通じる階段を上ると食堂。
鮮度が売りの店として評判の店。
朝っぱら海鮮丼、かみさんはやわゃわ盛、おやじはイワシ定食が朝食。氷見と云えばブリでしょうが時期は過ぎているのでブリ押しのメニューは避けてみた。
これにもれなく漁師汁が付いてくるのでボリューム満点、食べきれない。
イワシは鮮度も良く、久しぶりにおいしいイワシの刺身を食べた気がする。
漁師汁はとてもおいしかったが、身は食べる気がしなかった、ブリの骨は避けて通れないにしても、鱗が皮に着いた状態というのはいただけない。せっかくの味も鱗が口に入る食感で一気に食べる気を失う。
これは「つくねと汁」を味わうものと割り切った方がいい。
決して安くはないけれど、下手な観光客目当ての店よりは鮮度もよく、漁港独特の香りと商売気のない入口さえ受け入れればお勧めできる。
「魚市場食堂」
住所 /   富山県氷見市比美町435
さあここから二日目が始まる、今日は能登國一宮と加賀國一之宮を参拝します。
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能登國一之宮氣多大社
石川県羽咋市寺家町にある神社で日本海の海岸に一ノ鳥居を構え、そこから陸に向かい真っすぐに参道が続く。
上の写真はニノ鳥居横の駐車場から海岸方向の眺め、遥か先に一ノ鳥居が見える、あそこまでは行ってられない。中段がニノ鳥居から境内の眺め。
下段、手水鉢に生けられた花々、遠くから訪れ、清めが出来ないご時世にこうした心遣いはありがたい。

社伝によれば、第8代孝元天皇の御代に祭神の大己貴命が出雲から多くの神を率いて来降し、化鳥・大蛇を退治して海路を開いたという。
創建 /     (伝)第8代孝元天皇の御代、または第10代崇神天皇年間とも
主祭神 / 大己貴命
住所 / 石川県羽咋市寺家町ク1
ここから次は千里浜なぎさドライブウェイ沿いに加賀國一之宮に向かいます。
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道の駅「のと千里浜」
海岸沿いの綺麗な施設、足湯やEVパークなどあり、毘沙門天の砂像が出迎えてくれる。
この辺りはイノシシ推しなのか。
道の駅「のと千里浜」
住所 / 石川県羽咋市千里浜町タ1番地62

次は加賀國一之宮、加賀・越前・美濃3国それぞれから霊峰白山の山頂に至る登山道、三馬場のひとつ加賀馬場のある白山比咩神社に向かいます。
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加賀國一之宮白山比咩神社
石川、福井、岐阜の3県にわたりそびえる白山、古くから霊山信仰の聖地として仰がれてきました。
山は麓に暮らす人々や平野に住む人々にとって、白山は命の水を供給してくれる神々の鎮まる聖なる山として崇められてきました。
主祭神 / 白山比咩大神、伊邪那岐尊、伊弉冉尊
創建 / (伝)第10代崇神天皇年間
住所 / 石川県白山市三宮町ニ105-1

さてこれで今回の越中國、能登國、加賀國一之宮巡りはコンプリート。
後は蕎麦を食べて名古屋を目指す事にします。
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白山比咩神社から車で、ものの2~3分のところにある「草庵」へ。
営業時間が11:30という事で開店まで10分程周辺を散策し開店を待つ。
粗挽きそばと十割蕎麦で腹ごしらえ、古民家を改装した店内はジャズが流れ、インテリアも落ち着いたもので、そんな雰囲気で味わう蕎麦は、歯応えもあり、汁も出汁の風味が利いたものでおいしい蕎麦。
薬味はワサビよりおろしの方がベストマッチ。
ただ、そば本来の香りについては今一つだった。 蕎麦湯はなかなかおいしいものでした。
数量に限りがあるようですが、白山比咩神社参拝の折には寄ってみるのもいいかもしれない。
「草庵」
住所 / 石川県白山市鶴来日吉町ロ32

お腹も満たされ一路九頭竜川を遡り、白鳥方向を目指し、途中で山菜とけいちゃんを買い求め名古屋に向かう。
2021/3/23~24
今回の走行ルート

関連記事 / ​『平泉寺白山神社』ここは一面苔の緑が輝いています  長瀧白山神社と白山長瀧寺

『御日塚神社』から稲置街道を北へ5分程歩く。
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今年初めて土筆の姿を見かける。
しかも道路と側溝の僅かな隙間から立派に生えている。
自然のたくましさを感じる。
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ここは犬山市羽黒新田上島。
犬山と云えば犬山城、木曽川の鵜飼いで知られるところ、マンホールにもそれがデザインされています。
地元を離れ地方に出かけると、こうして下を向いてマンホールのデザインを見て歩いているとその土地の誇りが良く分かって楽しいものです。
随分コレクションも貯まってきた、それら纏めたい気持ちはあるのだが・・・・・3
歩いてみて初めて気付くものもあります。
この堂もその一つかもしれない、車でささっと移動していると気付かないかもしれない。

住所だと羽黒新田上島になるのかな、細い道が街道に交わる角地に大きな岩とその左に石像が安置され、奥には瓦で葺かれた堂の中に複数の石仏が安置されているようです。
遠目から見ると庭石が置いてあるようにも見える。
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石標もなく名称は分かりません。
この後方の建物は集会所だろうか、北野会館と書かれていました。
集会所や公民館の一画に良く神社等祀られていたりしますが、ここもそうなのかな。
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右側に岩が積まれ、その頂に石像が安置されています、覚明行者の石像の様です。
手前に解説もあり内容は以下。
「御嶽信仰中興の祖、覚明行者石像 御嶽山黒沢口からの登山道を整備、御嶽登拝を容易にして御嶽信仰を一般民衆に広めた人物」とある。

覚明行者の誕生の地は春日井市の牛山町とされます、ここからそれ程遠いとは言えない。
今も御嶽講は受け継がれているようで、この一帯や小牧、春日井方向にかけて、こうした像や御嶽神社をよく見かけます。
左の石標は「御嶽山大権現」、この一画そのものが霊峰御嶽という事です。
この辺りなら空気が澄んでいれば東方向に山々の先に遠く御嶽の姿も拝めるはずです。
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堂内には西国三十三観音石仏が安置され、馬頭観音や如意輪観音、十一面観音の姿が見られます。
それらの石仏には文字は刻まれていますが「番」以外はよく読み取れない。
西国三十三所の札所の本尊は観音菩薩、十一面観音、不空羂索観音、千手観音、馬頭観音、准胝観音、如意輪観音のいずれかが本尊。
観音菩薩は三十三の姿に変化し導きを与えてくれることから三十三の札所となるそうです。
現存するかよく分かりませんが、この辺りを中心にした霊場巡りもあるようです。

街道の道すがらには小さな堂に安置された石仏や、個人宅の敷地に埋没した道標など退屈する事はありません。

区画整理された街ではこうしたものも寺の境内に移されたり、ある時突然消えていたりします。
郊外に出てこうしたものが残っている姿を見ると、作り手や安置された個人の思いが尊重されているようで足は止まってしまう。

稲置街道の三十三観音石仏
住所 / 犬山市羽黒新田上島1
アクセス / ​『御日塚神社』 から北へ徒歩5分​ 
関連記事 / ​ ​春を感じに郊外ウォーキング​ ​御日塚神社

鹿児島県霧島市隼人町嘉例川にある、JR肥薩線の無人駅「嘉例川駅」
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 山深い場所の様に見えるけれど、台地の上にある鹿児島空港から車で15分もあれば、こんな長閑な風景があります。
写真は駅舎から150㍍程手前の高台に観光客用として大駐車場が整備され、ここから歩いたところで知れています。
駅舎前は駐車禁止で路線バスのロータリーでもあり、物見遊山の駐車はこちらが迷惑にならない。
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この看板脇から高台から降りる階段が整備され、歩道は駅舎へと続きます。
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 駐車場突き当りから駅舎への遊歩道。
山々に囲まれ、緑に包まれた光景の中に一本の線路が伸びています。
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 歩道から嘉例川駅方面の眺め。
周辺の木々は桜、春には桜のトンネルの中を電車が走っていく。
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 歩道はやがて公園に続き、その先が駅舎のあるバスのロータリーに続きます。
この辺り、その昔はこの駅で降車し妙見温泉へ湯治に向かう人で賑わいを見せたそうですが、今は駅舎を目当てに訪れる観光客が主の様です。
往事の賑わいも今はなく、静かな山間の駅、生まれ故郷に戻ってきたような懐かしさすら感じる。
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 霧島ジオパークの解説板。
宮崎県と鹿児島県にまたがる霧島山を中心とした北西-南東方向の30㌔ × 20㌔の範囲にある20あまりの火山が密集する地域をこのように呼び、有史以前から現在に至る火山活動の歴史やそれにより育まれた自然の多様性、そこに暮らす人々の歴史や文化を案内するものです。
鹿児島を訪れ、桜島から始まり、開聞岳に霧島山とこの地は生活と火山はとても身近存在。
嘉例川駅はこの地図の左下あたりになります。

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 駅前ロータリーから駅舎全景。
このレトロな外観の駅舎、無人駅でありながら特急が停車する珍しい駅。
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 駅舎は県内最古で登録有形文化財に指定され、地元自治体が所有管理されている。
歴史を辿ると1903年(明治36年)に営業を開始、当時は妙見温泉への入口の駅として賑わったものの、やがて1984年(昭和59年)に無人化され、「嘉例川駅」開駅100周年にあたる2003年に有志の方々による祝賀会をJR九州に具申したそうですが無人駅ゆえに相手にされなかったそうです。
しかし自力で賛同者を集め、祝賀会を開催し多くを集客したことから、2004年(平成16)に特急列車「はやとの風」の停車駅となり、約5分間停車し停車時間内に駅舎の見学や記念撮影などができるようになり認知度が上がったようです。
地元から愛される駅舎は2004年に旧隼人町が買い取り、駅弁や猫の観光大使など注目を集めるPR活動が盛んに行われているようです。
それら地元の思いは2006年登録有形文化財、翌年の2007年には 南九州近代化産業遺産群の物資輸送関連遺産のひとつに指定されるなど実を結びその価値が認められ今に至るようです。
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 昔ながら土間の待合室、そこにある長椅子は昔は結構見かけた記憶があります。
なんだか懐かしいものが今も現役で残っています。
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 待合室の時計も今だ現役で時を刻んでいます。
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 駅舎の照明も白熱電球、昔のままなのでデザインは建物にマッチしています。
LEDにはない色合いと温もりがあります。
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 待合室の左の執務室が展示スペース、その奥は入れませんが中には過去の駅名標やタブレット閉塞器が無造作に置かれています。
昔、電車の乗員が輪っかの様なリングを駅員に渡していたのを記憶しているけれど、それをこの閉塞器にセットして単線路線で複数の列車が走らないように制御をしたものらしい。
赤い開閉器の塗装の朽ち方がこの駅の歴史そのものかも知れない。
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 嘉例川観光大使「たぬき猫 にゃん太郎」
ウナギイヌは知っているけれど、たぬき猫とは新種の猫?
ンな訳はない、目の周りのマークがたぬきを連想させたのでしょう
本人は知る由もないだろうがもう少しなんとか・・・でもやっぱり狸か
今は天に召され、観光大使の重要なポジションは空席の様です
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 ホームから「きりしまおんせん」方向の眺め、線路は真っすぐに続き山に吸い込まれていきます。
この先の大隅横川駅も嘉例川駅同様に開業当時の駅舎で、戦時中の機銃掃射を受けた柱にはその跡が残るそうです。
山郷の無人駅の趣は嘉例川駅の方が味わえるのかもしれません。
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 現在掲げられていた駅名標。
古びた梁の木目と黄ばんだ漆喰壁もこれはこれでいい。

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「なかふくら」方向の眺め
線路の左に長く続く石積みは、以前使われていた列車交換用のプラットホーム跡で、線路が撤去されホームの面影は残っていませんが、その長さは現在のホーム以上あるのでは。

このホームから列車に乗り夢を求め、山郷から町に出る、なんだかイルカやアリスの歌詞が浮かんでくる光景です。
古いから新しいものに変えるのもいいかもしれない、古いものには其々の思い出も残っていていいものだ。

JR肥薩線「嘉例川駅」
住所 / ​鹿児島県霧島市隼人町嘉例川2176
関連記事 / 2泊3日で鹿児島一之宮巡り3日目

指宿温泉郷から車で国道226号線を西へ、周囲は碁盤の目の様に区切られた一面畑の風景が広がります。
その光景の主役は単独峰開聞岳。
薩摩半島南端に聳え、標高は1000㍍に満たないけれど、その姿から薩摩冨士とも称されます。
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指宿温泉郷から20分前後国道を走って左折するとその先に指宿-枕崎線の線路が現れます、その手前を右折し「かいもん市場 久太郎」が見えてくれば『西大山駅』はその向かい。
ここが所謂駅前で商店街はこの「かいもん市場 久太郎」が唯一の施設、ここには黄色いポストの絵ハガキや西大山駅の到着証明書などが販売されています。
秘境駅ブームで盛り上がっている頃は観光バスも訪れ、開聞岳を望む長閑な田園地帯の無人駅に観光客が溢れるようです。
写真は駅前商店街の店先で見かけた絵馬掛け?
絵馬には縁結び、子宝、家族の健康など多くの願いが書かれています、一際目を引いたのが「ワクチンを作り、皆を健康にするぞ!」と書かれた頼もしいものもありました。
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 JR日本最南端の指宿枕崎線『西大山駅』
12月下旬頃から駅周辺の畑では菜の花が一面咲き誇り黄色の田園地帯にポツンと佇む無人駅と背後に綺麗な稜線を描く開聞岳を望む雄大な光景が見られるそうです。

菜の花は指宿の「市の花」という事、駅前のレトロなポストも菜の花の黄色、「幸せを届ける黄色いポスト」と呼ばれ今でも現役です。
かいもん市場で買い求めた絵葉書に願いを書き留め投函するとそれは叶うそうな。
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 駅前にある「幸せの鐘」幸せを祈り、願いの数だけ鐘を鳴らすそうです。

西大山駅は鹿児島県最南端でJR日本最南端の駅で駅舎はありません。
1960年の開業以来日本最南端の駅として売っていたけれど、2003年に沖縄のゆいレール(モノレール)開業に伴い日本最南端の駅の称号は明け渡す事になったそうです。
しかし2004年に「JR日本最南端の駅」に表記を改め、「最南端」の面目を保ったようです。
おやじ的には「長閑な光景の中に雄大な開聞岳が美しく望める無人駅」これで十分魅力的だと思う。
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ホームから眺める線路はひたすら真っ直ぐに続く、普段見る線路とは違い伸び伸びしている。
この駅に電車が来るは朝昼晩、こうして写真を撮ってはいるけれど時間に関わらず訪れる人は多い。人気スポット。
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お目当てはこの光景、雄大で美しい稜線を見せる開聞岳を遮るものなく見ることが出来る。
「JR日本最南端の駅」の柱の横で開聞岳をバックに其々が思い出を刻む。
無人駅の無人の姿を撮るチャンスは意外に少ないのかも、それにしてもこの解放感のある景色は訪れて良かったと思わせるものがあります。
菜の花で一面黄色に染まるには少し早かったけれど、訪れた時は冬間近とは思えない程温暖で気の早いものはこの時期に咲き始め、冬を飛び越えて季節感は春を感じさせるものです。
伸び伸びとした土地柄と温暖な気候は街にはない人も育むのかも知れない。
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翻訳のいらないお国の言葉とはっきりした指示に従い、コロナが終息した暁には、のんびりと電車か車中泊で訪れたいものです。
2020/11/25

指宿枕崎線 『西大山駅』
住所 / 鹿児島県指宿市山川大山602
指宿温泉郷から西大山駅までのルート

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