尾張のおじさんblog

こんにちは 地元名古屋を中心に身近な神社・仏閣、地元の歴史や街並みを紹介していきます

タグ:名古屋市


守山区町北 1 『天王社』から瀬戸街道を南へ。
矢田川橋の手前から右に堤防道路を矢田川下流に向け歩きます。

11
 矢田川に架かる矢田川橋、並行して瀬戸電の矢田川橋梁が架かっています。
ちょっと前までは矢田川の流れと岸辺の緑、そこに赤い電車がゆっくり〃通り過ぎる姿は趣があった、
今は銀ピカで綺麗な車両に変わり通過していても存在感は薄くなった気がする。
12
 直線的に流れる矢田川下流の眺め、中央のこんもりしたところは長母寺、その手前に矢田の渡しの石標があります。

00
 澄んだ水が緩やかに流れる矢田川ですが、少し前、更に昔と流れは大きく変わってきました。
上段左は明治頃の川の様子、右がほぼ現在、随分と流れは真っすぐに変わってきました。
マーカーの位置が今回の目的地鳥羽見1の「天王社」。

下段は尾張名所図会に描かれた長母寺、これが描かれた当時も川は北側を流れています。
それ以前の矢田川は長母寺の南を流れていましたが、1767年(明和4)に矢田川は大きな氾濫を起こし流れは長母寺の北を流れるようになりました。幾度となく暴れた矢田川も護岸が整備され、今はなりを潜めていますが天井川である事に変わりはありません。
水害が避けられない土地柄なので輪中や水屋であったり独特の文化が生まれます。

13
 堤防道路を下流に向かう、道は堤防道路と堤防北側に向かう分かれ道にでます。
そこを下ると更に先で二手に分かれます、鳥羽見1の天王社はこの分かれ道の右に鎮座しています。
赤い覆屋が見えると思います。
14
 玉垣で囲われた境内に大きな屋根が設けられ、突然雨が降っても濡れずに参拝できる。
15
 社の全景。
赤く塗られた覆屋の下に赤い社は守山でよくお見掛けする外観そのものです。
社の台座はひと際高く石垣が積まれ、南を向いて祀られています。
これも矢田川を見据えてのことだろうか。
16
 扉が開けられた社の中に津島神社の札が納められています。
棟札や蝋燭立てなどに創建に繋がるような年号は見当たらなかった。
こちらの天王社の詳細も不明。
鎮座地を1891年のマップで見ると当時は鳥羽見集落の西外れに辺り、そこから西は水田が広がっています。恐らくはそれくらいに鳥羽見の守護として祀られたものではないでしょうか。
17
 天王社後方からの眺め。

左の高台に見える森が守山城址と宝勝寺、ここは守山大地の西の端。
この高台から見る周囲の眺めは遮るものはなく、城を建てるには絶好の場所なのが分かります。
嘗て水田が広がっていた光景は家並みに変わりましたが、その中にポツン〃と小島の様に森が点在する所には神社が残っています。 

次の目的地はここから宝勝寺の高台に向かいます。

鳥羽見1「天王社」
創建 / 不明
祭神 / 速須佐之男命
住所 / 名古屋市守山区鳥羽見1
公共交通機関アクセス / 名鉄瀬戸線「​矢田」駅から矢田川橋を渡り左、徒歩5分程
町北1天王社からのルート / 矢田川橋で右に​堤防道路を徒歩5分程
関連記事 / 守山区町北1「天王社」  ​「天王社」守山区町北​  ​長母寺

名古屋市守山区町北 『天王社』
名鉄瀬戸線「守山自衛隊前」で降車し、瀬戸街道に出ます。
そこから左の矢田川方向に戻ります。
1
 瀬戸街道を北町辺りまで来ると、昭和の商店街の名残を感じさせる一画とその左に鳥居が視界に入る。
北町「天王社」が今回の目的地です。
写真は「自衛隊前」方向の瀬戸街道の眺め。
2
 瀬戸街道沿いに鎮座する天王社。
車窓からはお馴染みの神社ですが、車で訪れるには不便な場所にあり、この一帯を訪れる時は歩きに限ります。
3
 天王社全景。
間口は狭く、奥に長い境内で左にあるクリニックの区画の角地に鎮座する。
狭い境内は社まで良く見渡せます。
道路に向かい南に垂れる傾斜地に建ち、そこに2段の境内が作られ、社は高く盛られた上に祀られています。
一段上がった境内に灯篭と鳥居(昭和2年建之)が建ち、手水鉢は見当たりません。
4
 二段目の境内、高く積まれた台座の上に社、それを守護する赤い狛犬。
社の右に樹齢を重ねたイチョウが聳えています。

5
バランスの良い容姿で赤茶けた色合いは、その辺の色白に比べると頼もしくも見える。
年号が確認できなかったのでなんですが、鳥居の年号から察すると彼らは空襲を経験しているはず。
この妙に赤茶けた色合いは何かを語っているように思えてならない。
この天王社で一番惹かれるのがこの狛犬である。
6
 狛犬から先は鎖が掛けられ寄る事ができません。そこから見た社全景。
実はこの日、おじいちゃんが剪定の真っ最中。
いろいろ教えを乞うのも申し訳なく感じ、挨拶を交わしただけで終わりました。
7
 境内から瀬戸街道の眺め。
綺麗に剪定、清掃され気持ちがいい境内、おじいちゃんの成果の賜物です。
鳥居以外にこの写真の左に脇参道があり、側道から参拝に訪れる事ができます。
8
 側道から社後方の眺め。
板宮造の社だけなのかな、社以外は見通せませんでした。
9
 側道から見た神社全景。
道は瀬戸街道に向け緩やかに下り、その先の「瀬戸電」を超えると矢田川は近い。
境内のイチョウは頭が押さえられ、枝は払われているけれど、幹は見事なものです。


守山区町北「天王社」
創建 / 年代不明
祭神 / 不明
境内社 / 不明
住所 / 名古屋市守山区町北3
公共交通機関アクセス / 名鉄瀬戸線「守山自衛隊前」下車、​瀬戸街道を西に5~6分程​
関連記事 /

守山区大字下志段味西新外 「秋葉神社」
龍泉寺方面から県道15号線「志段味中学校西」交差点を左折、県道75号線の下り坂を1~2分ばかり春日井方向へ進む。
1
左手の消防団詰所で左折すれば西新外の「秋葉神社」到着です。
詰所の敷地に隣接する形で西向きに社頭があり、境内は一段上がった北側に広がっています。
2
手前の広場は大きな楠木が聳える「秋葉どんぐりひろば」、広場のシンボルツリーだ。
以前の田畑から住宅街が広がる光景にあって、この樹は存在感がある。
3
社頭から見た神社全景。
丘陵地の裾に鎮座する境内に朝陽が差し込み始めました、この時間は見事に逆光になる。
4
右に社号標、一段上がると玉垣で囲われた境内の左に社殿、奥に堂らしき建物が二つ見えます。
5
以前は春日井に用があると必ずこの道を利用し庄内川を超えていたけれど、当時(30年ほど前)ここに秋葉神社があったか記憶がなく、いつから鎮座しているのかは定かではない。
寄進された灯篭の年号や建物を見ても朽ちた感じもなく、比較的綺麗な神社の印象を受けます。
拝殿は三方吹き抜けで奥に社が祀られており、覆殿が一つになった形態で、長い向拝が付けられています。
「水」の文字が施された鬼瓦と灯篭の「大権現」以外に秋葉神社を象徴するものは見かけませんでした。

守山区役所の「秋葉社の紹介」によれば
「祭神の加具都智神(かぐつちのかみ)は現在、八幡神社に合祀されている。秋葉社は明和9年(1772)定光寺よりここに移されたという。土地改良事業により南へ移動し新築した。境内には本堂、西国三十三観音の巡礼供養観音像と参拝の記録が刻まれた20基の石像観音像が祀られた小祠と下志段味村に1基しかない庚申塔がある。また、舟形絵像碑で馬頭観音と思われる道標があり、「右定光寺 左内(うつ)つ」と刻まれているので、かっては「定光寺道」と「大日の渡し」へ通ずる道の分岐点に置かれていたと考えられる。」
no title
紹介に出てきた八幡社と秋葉神社は、ここからそれ程離れてはいないようですが、「土地改良事業により南へ移動し新築」とある元の場所がよく分かりません。
明治頃の現在地の北に鳥居の姿はなく、当時と現在を比較すると北東の宮浦に鳥居の印しが消えた個所があるけれど、それがこの秋葉神社なのか全く根拠はありません。
志段味地区の土地改良事業として組合が設立されたのは平成に入ってからの事らしい、それほど古い話ではないので足を運べばすっきりするのかも。

新しい社号標の年号は2004年(平成14)、蝋燭立ては2002年(平成12)とあり新築もそのあたりなのかも。
これから年月を重ねていくのでしょう、この一帯の火伏の神に参拝。
6
右の堂には20体程の石像が安置されています。
7
8
馬頭観音、如意輪観音、千手観音などの中、下の写真の前列に「右定光寺」の文字が見えます、これが舟形馬頭観音の道標、馬頭さんに見えるかと問われれば「なのだろう」
1772年に移されたとあるので彫られた年代は更に遡る事になる。
9
堂の右に赤い覆屋の下に納められた社。
札は見えないけれど、守山でこの形態となれば「天王社」ではないかと思われます。
10
「天王社」の右に7つの石標が建っています。
左から千度参り、報徳、観音力、億陀仏、念仏、五穀豊穣、水神の碑が並ぶ。
11
境内の突き当りに二つの碑。
左は文字が刻まれているが識別不能、右は「下志段味村に1基しかない庚申塔」
確かに志段味で「庚申塔」はあまり見た記憶はないか?
12
庚申塔から見た境内全景。
13

灯篭は右に大権現、奥は大神宮と刻まれ、1823年(文政6)とあり、これが一番古い年号になる。
今も様変わりを続ける志段味にあって、石標や天王社にしても落ち着く場所を失いここに纏められた?
そんな気がしてならない。

憂鬱な感染症は人の心まで蝕んできているようですが、数値は確実に良くなっている。
神社前で見かけた鮮やかな色合い、ささやかながら気持ちは癒される。
2020/5/3

志段味西新外 「秋葉神社」
創建 / 年代不明
祭神 / 加具都智神
境内社 / 天王社
住所 / ​名古屋市守山区大字下志段味西新外
公共交通機関アクセス / ゆとりーとライン「大曾根」⇒「志段味支所北」下車、県道75号線を徒歩5分程
関連記事 / 名古屋市守山区大字下志段味『八幡神社』  名古屋市守山区中志段味 諏訪神社

香積院
昼頃まで降り続いた春の雨も午後には降りやみ、名古屋市昭和区川名山町まで出かけてきました。
1
今日の主役は西村公朝作監修による天井画や一葉観音像でもありません。
境内に咲く樹齢100年を超える「しだれ桜」が主役です。
2
この時期になると山門先に見える丸い入口が個性的な丸門から覗くピンクの彩りが人目を引き付けます。
3
昨年は​4月4日​に訪れピークは過ぎていましたが、暖冬の今年はどうだろうかねェ。
下見で訪れましたが、見頃にはまだ少し早かったかナ。
よろしくない自粛ムードが漂うけれど、サクラは今年も咲いています。
4
丸門から覗くピンクの花びらはまだまだこれから、盛期には本堂が隠れんばかりに咲き誇ります。
5
境内から枝垂桜の全景。
ことしも見頃が近づいてきました、外に出よう。
2020/3/14

「香積院」
住所 / 名古屋市昭和区川名山町115
公共交通機関アクセス / 市営地下鉄鶴舞線​「杁中」駅下車、徒歩で北に約10分

名古屋市守山区小幡3丁目「山神社」
1
昔通ったテニスクラブを探しつつ、大牧町の「天王社」から住宅地を10分程南へ歩く。
道は行き止まり、正面に陸上自衛隊森山駐屯地が現れる。
2
右手の駐屯地の敷地の中には、綺麗に洗車された暗い緑色の自衛隊車両が整然と並んでいます。
特徴のある濃い緑色はオリーブドラブと呼ばれる単彩迷色で、その国の風土により色合いは違ってきます。街を走ると存在感のある色に見えますが、冨士の演習場で走り回る車両は周囲の色に溶け込むように規格で決められたもの。
そんな車両を眺めつつ森山駐屯地沿いに東方向へ向かいます。
3
駐屯地を過ぎた東に写真の「すいどう道」緑道が南北に続きます。
その緑道を右に進みます。
この緑道、ここから南の矢田川をくぐり、鍋谷上野浄水場から南の「天満緑道」へと続きます。
北は庄内川を超え、春日井、小牧を経て犬山の木曽川に至る約20kmの「尾張広域緑道」が設けられています。
この緑道には様々な木々が植えられ、今(2020/2/28)はピンクも鮮やかな河津桜が見ごろ。
4
目的地の赤い「山神社」は陸上自衛隊森山駐屯地の東側の南角に祀られています。
ここから瀬戸街道は目の前、交差点の角に赤い覆屋は目立つ存在です。
この辺りで見かける「赤」はどれも同じ色合い、これも統一規格があるのだろうか?
街中のこの赤は存在感のある色です。
5
角地の一画に建つ切妻瓦葺の赤い覆い屋。
その左に形状の違う石碑が三つ置かれているようです。
6
傍に近づいて見ると、それらは形こそ違いますが、どれも「山神社」と彫られています。
7
横一列に並べられた石標、この場所に初めから三つ揃っていたものではないでしょう。
ひと昔前は自然への畏敬の念を込め、こうしたものが集落毎に祀られ、住民により崇めらていたはずです。
瀬戸街道周辺の開発に伴い、周辺に祀られていたものがここに纏められたものだと思います。
8
覆屋の中には中央に三社祀られているようです。
9
中央にやや大きめの注連縄が飾られた板宮造りの社と、両脇に小さな神明造の社が祀られています。
何れの社も札や表札がないので詳細は分かりません。

山神社がいつからここに祀られているのか?
瀬戸街道沿いということもあり、ひょっとすると江戸時代まで遡るのかもしれません。
昔の面影も、こうした神社の生い立ちも、時の移り変わりと共に様変わりし、素性が分からなくなっていくのは自然の流れなのかもしれません。

「山神社」
創建 / 不明
祭神 / 不明

住所 / 名古屋市守山区小幡3-11
大牧町​天王社から南へ徒歩15分程
公共交通機関アクセス / 名鉄瀬戸線​「瓢箪山」駅下車北へ5分程

↑このページのトップヘ