名古屋市港区東築地町2

名古屋の海の玄関先は明治中頃までは熱田港でした
あゆち潟は海運から見ると厄介な存在、大型船は乗り入れ出来ず
四日市で一度荷物を降ろし、小型船に載せ替え熱田港へ回送していたそうです

そうした欠点を解消すべく名古屋港開港に向け開発が高まり、1898年(明治31)に浚渫が始まり、1907年(明治40)に待望の名古屋港の開港、1910年に一期工事は完了します
その後も開発は続き1910年には築地が誕生、1号地から4号地を築地、堀川の東対岸にあたる5号地は東築地として整備されます
人が集まれば氏神が祀られていきます
築地にある築地神社は、1938年に熱田神宮から運ばれた御神体を祀り、名古屋港の総鎮守社として創建されたもので、築地と名の付く神社は築地神社と築地口神社、東築地神社の三社があるようです
今回は築地の東にある「東築地神社」を参拝します
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明治初めの地図には、鳥居マークどころか築地や東築地自体が海となり記されていません
上は昭和初めのこの地と現在を比較して掲載します
以降の地図では工場の拡張などの影響からか鳥居のマークの位置が変わっています
つい1世紀ほど前は海面下だった地域の歴史が始まります
地図上には既に跡地となった名古屋教育水族館も記されています
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神社の周辺は、すぐ南に国道23号線の高架、その先は堀川に架かる港新橋、右手は市営東築地荘
世代も代わり、かつて海だった事が少しづつ意識から薄れていくのかもしれません
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開発で海を埋め立て作られた境内に、小さいながら杜が出来ています
東築地神社社務所(右)と境内の全景
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コンパクトな境内は鳥居の左に手水舎、正面の参道の先に本殿、両脇にそれぞれ参道が出来ています
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手水舎、清水は注がれていません
社号標には1933年(昭和8)と記されています、この他の狛犬台座、金比羅社社標ともに同一年代
ここに落ち着いたのがこの年なのかも知れません
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神域正面の本殿と両脇の小社の他、右に稲荷社、左に金比羅社の5社が祀られています
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東築地神社の狛犬
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 本殿前の扉に金色の五三の桐紋が施されています
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両脇の社の詳細は分かりませんが、華やかな飾り金具が施されています
参拝させてもらいます
この神社の創建、祭神について語る案内板は見当たりません
築地神社を訪れた際にこちらの由緒など尋ねてみようと思います
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右手の参道は寶徳稲荷大明神
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 寶徳稲荷大明神の狛狐と社全景
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 左手の参道は金比羅大権現に続きます
埋め立て後に植えられた木々、しっかりと根を下ろしています
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金比羅社全景
左側と後方は車道に接し、歩道から境内社の全景が良く見渡せます
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金比羅社から見た本殿域
境内は氏子の方々により綺麗に手入れされ、通りすがりに参拝に訪れた者にしてもありがたいものです
土地の方々にどれだけ大切にされているかが見て取れます

新しい町に神社を祀ろうとした思いは代を変え伝承されていく
神社は歴史や格式以上に人との結びつきが一番重要だと感じています

東築地神社
創建 / 不明
祭神 / 不明
住所 /    名古屋市港区東築地町
アクセス /   ​名鉄常滑線「道徳駅下車」西へ30分
       市営地下鉄名港線「築地口」下車東へ30分